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症状別アドバイス集

普通神経症の部屋・2001年

完全さを求めていませんか  '01.11

Aさんは、吐き気恐怖、不安障害で悩んでいるようです。「もうカレン・カーペンター状態です。もう精神的にも肉体的にも死ぬ方向にじわじわ向かっているのがわかる。わかっているけど気持ち悪くて食べられない。・・・・どうせ生きるならポジティブに楽しく生きたい」と書き込んでいます。そして一方では「こうやって気分に流されてたら、永遠に直らないですよね」とも書いています。
症状がつらいのはわかります。それを取り除こう、そこから逃げようとすればするほど、不安の罠に陥ります。これが不安の逆説です。この症状さえなければ、これがなくなったら・・・、これさえなければポジティブに生きられるのに、と嘆けば嘆くほど、残念ながら私たちはその苦しみを自分で作り出してしまいます。そこにはやはり完全主義者の考え方があるようです。今できることは何だろうと発想を変えることが大切です。むしろ力を抜いて、このつらさを持ちこたえながら、できることに取り組んでいく覚悟が決まったときに道は開けます。

不安のあり方を知ること  '01.10

ここではAさんとBさんが次のような書き込みをしています。
Aさんの悩みは、「トイレにいけないという場所に行くと、パニックを起こし てしまい、冷汗をかいて落ち着かなくなります。授業中など特にそうなのですが・・ ・」。
Bさんの悩みは「パニック障害で電車に乗れなくなったり、トイレが心配で自動車に乗れなくなったり、美容院や友人宅などに行かれない」ということです。
いずれもトイレのことが気になるのですが、その本質は不安です。その不安を検討してみると、予期不安(また不安になるのでは、トイレに行きたくなるのでは)と状況不安(そのような状況に陥ったときの不安)でAさんの教室での不安、Bさんのボランティアの場所での不安がそれにあたります。そして予期不安が強ければ強いほど、状況不安も強くなるようです。つまり不安が不安を呼んでいます。このような不安の自己拡大のメカニズムを良く知ることが大切です。そして不安は 逃げれば逃げるほど、取り除こうとすればするほど強くなるものという不安の逆説を体験すること。しっかりと不安を受け止め、そのときに必要なことを思い切って飛び 込んでやってみること、が肝要です。森田療法を学習することがお二人に大いに役に立つでしょう。

気分変調症(軽症うつ病)と森田療法  '01.9

Aさんがうつ病で休職と復職を繰り返し、現在の主治医から気分変調症といわれ、治療を受けています。この病気は神経症の一種だろうか、森田療法で治療が可能だろうかと、尋ねています。うつ病と森田療法の関係については何回もここで取り上げてきましたので、それも参照してください。
最近はこのような神経症なのか、うつ病なのかわかりにくい慢性的な経過をとるうつ病者が増えてきました。抗うつ剤の効果も残念なことに効果は限定的です。
Aさんは自分の完全主義的生き方とこのようなうつ病の慢性化、神経症化が関係していると考えています。私も同意見です

さて気分変調症とは一般で軽度であるが経過が長引いているうつ状態のことをさします。従ってここには抑うつ神経症といわれる性格や環境の因子が強く影響するものも含まれます。現在このような気分変調症あるいは繰り返すうつ病に対してさまざまな精神療法が提唱されています。多くのうつ病者では薬物療法との併用が必要で、急激な断薬はうつ状態を悪化させる可能性があるため危険です。そしてその気分変調症のある群は確実に森田療法の対象となり、この治療法が有効です。その多くは完全主義的で、その生き方の行き詰まりとしてもうつ状態が理解できるものです。

Aさんが森田療法の対象となるのか、一度このホ−ムペ−ジに掲載されている自己チェックリストで確認されたらよいかもしれません。そのうえで主治医と相談しながら、森田療法を学ぶことを勧めます。主治医と相談しながら、出来れば自分のことをさらに客観的に知るための日記などの記録をつけながら、その日その日の自分の生き方を振り返ってみることも意味があるかもしれません。そのことから自分の生き方が完全主義的で不自由であったとより深く理解できるでしょうし、そこから解決の糸口が見つかると思います。森田療法の専門家あるいは生活の発見会に入会して適切な指導を受けることも一案です。ただしあまり焦らずに、自分にあったやり方を見つけていく心構えが大切です。

「あるがまま」とは  '01.8

Aさんがとても重要な疑問を投げかけています。

神経症になって8年が過ぎようとしていますがまだ完治していません。さまざまな不安、身体症状が気になりますが、それでも何とか「あるがまま」で仕事や生活を送っています。しかしいっこうに 症状の方は消えません。「あるがまま」というのは結局、症状の完治には結びつかないのでしょうか。要約するとこのようなものです。
これに対してBさんが最近「あるがままになれば症状は克服できるか」というテーマで話し合い、その内容について紹介しています。

悩みに直面して背負っていく覚悟ができて救われた。 ・神経質の悩みはその中から何かを教えてくれている。 ・完全、円満を求めすぎ、安心立命の世界を求めていた。 ・受けざるを得ないことを否定する強引な生き方だった。 ・自然の摂理とはあるがままのこと。 ・事実を認めたくないというのが逆らった生き方だった。

ここで述べられていることは、不安をしっかりと受け止めていくことで得られた生き方なのです。Aさんのいうあるがままとは、症状を持ちながら、行動が出来ているというレベルです。残念ながらここで行き詰まっているのです。症状と付き合うしかない、不安と付き合うしかないと、覚悟が出来れば症状は放っておけるようになるでしょう。そうなれば自然に症状とは変化し、自分の意識の背景に退きます。そして症状があるか、ないか、よりも自分としての生き方が大切になるのです。
もう一度自分が症状を取ることにのみとらわれていないかどうか、検討してみてください。そして初心に戻り、これと付き合うしかないと心が定まれば、いわゆる症状は変化し、流動することが体験できるでしょう。次第にこころが外に向かってやがて働き出すと思います。

完全主義的になっていませんか  '01.7

Aさんが、摂食障害、神経質で悩んでいます。受験勉強をしなくてはなりませんが、なかなか手に付きません。Bさんがいつものように、ていねいに適切に助言していますが、うまく実行できなくて焦ってもいるようです。その気持ちは分かりますが、Aさんの完全主義的、強迫的傾向が目につきます。早く完全にやりたい、それが出来なければ、すべてを投げ出してしまいたい、というオールオアナッシング、白か黒か、と決めつけやすい傾向です。
人は悩むとこのような極端な気持ちに陥りやすくなります。まず肩の力を抜いて、目の前の出来ることをやる、それを毎日ぼちぼち感覚で続けていくことが大切だと思います。次第にこころが外に向かってやがて働き出すと思います。

完全主義者の陥る罠  '01.6

Aさんは、13歳のころから摂食障害と神経質で悩んでいます。摂食障害(拒食、過食)で悩む方の多くは完全主義者で、神経質です。例えば、Aさんは「あるが まま」にとらわれ、かえって目の前の勉強ができなくなるといいます。また「すべて がうまくいきたいという欲がはんぱじゃありません。失敗したくないし、損する事もしたくないし、そうすると慎重になりすぎて身動きとれなくなるし」という悩みを 持っています。これも観念的で、つまり頭でっかちな完全主義者の特徴をよく示しています。
そしてBさんの説明にもまず完全に頭で理解しようとします。どうもAさんは、力が入りすぎているようです。
何事もほどほど、60%できれば 上等、と一方では力を抜きながら、他方では完全にできないならば何もしないほうがいい、と決め付けないことです。これが完全主義者の一つの特徴、オール・オア・ ナッシング、ゼロか百かという極端な思考や行動のパターンです。これをまず変えていけると良いのですが。毎日少しずつ、自分なりの力を抜いたペースで継続していくことが肝要だと思います。

とらわれとは '01.5

アラーム音がなるといてもたってもいられなくなります」と訴え ています。「ファミリーレストラン等で鳴る、お客さんがきた事を知らせるチャイム の音や、連続して鳴り続ける音がすると、普通でいられなくなります。動悸と恐怖心 で息苦しくなり、その音が鳴っているのか、止まっているのかわからなくなりパニッ クになります」とのこと。これはBさんのいう「とらわれ」です。つまり気にす まい、と思えば思うほど注意はアラーム音に向いてしまい、そのことしか考えられな くなります。心はいつもその出現をめぐって不安となり、いわば視野狭窄状態に陥ります。

まずはこのような悪循環過程の気づくこと、そして気になることは仕方のないこと と心を定め、目の前の出来ることに取り組んでいくことが大切でしょう。
そしてAさんもすすめているようにまずセルフヘルプグループ「生活の発見 会」で森田療法について学ばれたらよいと思います。またこのフォーラムの書き込み も読んでいただくと役に立つでしょう。

物音に悩む '01.4

A さんは、隣人のテレビの音や歌声で不眠症に陥っています。確かに現代 社会の生活は騒音に満ちています。また人の生活が夜型に変わり、隣接した住居や 集合住宅で、隣や上の人のたてる物音に悩む人も少なくありません。

しかしAさんの場合は、森田療法でいう「とらわれ」に陥っているようで す。とあるきっかけで不快なこと、この場合は隣人のたてる物音に注意が引きつけら れてしまい、その結果ますますその物音が鋭く、強く聞こえます。そしてそのことが ますます自分の注意をその物音に引きつけます。あり地獄に似た悪循環です。こうな ると夜になればまたその音が聞こえるのではないかと恐れ、それしか考えられないよ うな状態となります。ある種の視野狭窄です。それがまた悪循環を呼ぶのです。

この解決はBさんが正しく指摘しているように、自分の陥っている状態をよく知り、日常の生活を大切にして、当分は物音が気になるものと覚悟を決めて、そのまま床につくことです。そしてとりあえず身体を休めるつもりで、好きな音楽を聴いたり、本を読むことを勧めます。気にするまいと思えば思うほど、気になるのが人情です。

書痙の悩み2 '01.3

「書けいで15年悩んでいます。どなたか良い解決法を教えてください」と書き込みをしています。今までにも多くの書痙の方がこのフォ−ラムを訪れました。もう一度おさらいをしてみましょう。書痙といっても、いろいろなタイプがあるようです。人前での署名したり、ものを書いたりする場合に手が震えて字が書けなくて悩む人がいます。

例えば・・・ 結婚式とか、縁起が悪いのですがお葬式とかで、人前で字を書く必要がある場合に緊張して、字を書く手が震えてしまうなど。このような悩み方をする人は森田療法のよい適応です。広い意味では、社会的、対人的場面での恐怖といってもよいでしょう。人前で緊張してはいけない、手が震えてはいけないと思えば思うほど、緊張し手が震えてしまいます。悪循環です。震えても仕方がない、と開き直りそのような場面に踏み込んでいけば、次第に緊張、恐怖は薄れ、変化していくものです。

もう一つは、あまり人前とか場面に規定されない、いつでも、1人でいるときにも震えて字が書きにくい人たちです。このような方は一般に行動療法のよき適応です。近くの心療内科で行動療法に基づく書痙の治療をしているかどうか、確かめたらよいでしょう。いずれにせよ、書痙がどのような場面で、どのように起きてくるのかを知ることがまず大切です。

過剰反応 '01.2

Aさんが、長引く神経症性抑うつ状態で悩んでいます。
「私は、他人との一 体感を過度に期待する傾向があります。そのため、なんとしても、相手の期待に応えたいと思い、周りの期待にすべて応えようとして、その結果疲れ果ててダウンしてし まいます。また、何事も完全にしたい欲求が強いようです 」。過剰適応してしまい、「あるがままとは何か、自然体とは何か、どうしたら良いのかどなたかお教えください」とのことでした。現代の抑うつ神経症の典型ともいえるでしょう。
Bさんは、1.自分の身体に耳を傾けること(無理を承知で行動をしない)2.一 人で問題をかかえない(問題点を整理して協力していただけるよう工夫)3.仕事以外の趣味や楽しみを持つと適切に助言しています。
ここでAさんはさらに、「森田療法とは」と疑問に突き当たります。それに 対しBさんは「白黒をすぐにハッキリしなければ前に進めないという態度から白黒を味わいながら兎も角生活を押し進めていけるようになり、克服した誰もが不思議 な思いのする世界です。」わたくしも同感です。人は悩みの渦にはいると理屈です ぐに解決を求めるようになります。そしてそれが益々悩みの渦を深めるのです。
わたくしは、過剰適応とは、「生きること」の過小さを伴っていると考えています。つまり「生きることの過剰さ」は一方で「生きることの過小さ」と裏腹なのです。そして森田療法を学ぶことからそのような自分の生き方を知り、そして自然で固 有な生き方をしっかりと自分なりにつかむことが肝心だと思います。

普通神経症のグル−プ '01.1

このグル−プは久しぶりに活発です。さまざまな身体症状(物音に敏感、耳鳴り、不眠恐怖)で悩まれています。現在心療内科で薬物療法を受けていますが、これでよいのだろうかと不安を感じている方からです。この方は、田舎に住んでいるので森田療法を行っている医療機関に心当たりはありません。また生活の発見会の集談会も遠方にあり、なかなか参加出来ないようです。そこで、示唆に富むアドバイスを例によって的確に行っています。このような方が多いと思われますので、アドバイスとも重なることが多いのですが、このような状況でどのように森田療法を学び、健康な生活に戻っていくのか、わたくしなりの考えを述べてみたいと思います。

  1. 今までの医療機関は原則として続ける。薬物は自分で調整せずに、担当医と相談しながら行う。薬物療法は特に急性期には必要で、また急に止めることによっての反動には要注意です。
  2. 森田療法の学習を始めたことを出来れば担当医に伝える。
  3. 森田療法の本、資料を読んで、この治療法の基本的な考え方を理解するように努める。
  4. 自分の出来ることから手を付けてみる。
  5. 独学は避ける。出来れば集談会に参加、出来なければこのような体験フォ−ラムで自分の体験を発表し、いろいろな人の意見を聞く。

SEMINAR

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