症状別アドバイス集

強迫神経症の部屋

「加害恐怖の裏に隠されているものとは」 '17.6 

Kさんは、自分の娘の首を絞めてしまうのではないか、加害恐怖がある自分が本当に犯罪を起こしてしまうのではないか、と悩んでいるということですね。インターネットが進化し、嘘も本当もなんでも情報が手に入る時代になりました。これは良い面もありますが、自分に必要な情報を選別する能力が求められ、少々生きづらい時代になったと私は感じています。この体験フォーラムもネットでの貴重な交流の場ではあります。しかしあまりネットサーフィンになりすぎないよう、ある程度のインターネットに割く時間を決めてはいかがでしょうか。

過去を振り返り、Kさんは悪意を持って、自らの意志で他者を傷つけたことはありますでしょうか?相手を欺き、自分が利益を得てうれしいと思ったことはありますでしょうか?

人に危害を加えないことは、社会を生きる人間として重要なことであります。それ故に、誰しもが好き好んで人に危害を加えることはないでしょう。Kさんの不安の背景には、“他者を傷つけてはいけない”という気持ちが人一倍強いのでしょうか?裏返して言えば、Kさんは人間への優しさが人一倍あるということです。

人は時に過ちを犯します。また、頭の中で人が憎い、死んでしまったらいいのに、と思うこともあります。完全な善人はこの世にいません。また、人間の思考は自由なものです。内面で様々なネガテイブな感情を持っても実際に衝動行為へ移さなければそれでよいのです。

今まで生きてきた道にある、“事実”を振り返ってください。繰り返しますが、Kさんは悪意を持って人を傷つけたことはありますでしょうか?Kさんの人への優しさ、慎重さを持ってすれば、加害恐怖が沸き上っても、それが実行されることはないでしょう。良くも悪くも強力なブレーキになっているのです。今まで森田理論でやってこられ、気分も安定されていたのですから、文章を拝見する限り回復も早いのではないかと推測します。

また仕事のない日に不安が襲ってくるのですね。仕事をしていないとき、「本当は何をしたいのか?」と見つめ、自分の生き方、日常の過ごし方を見直してはいかがでしょうか。週2回以外の日もより良く生きたい気持ちが強いからこそ不安が襲ってくると思います。仕事以外の日々をいかに充実させるかが大事と思います。

勇気を出して、自分の感情や欲求に素直になって行動してみることをお勧めします。日々目の前のあるべき生活に飛び込んでみてください。手持ち無沙汰なようでしたら、興味のある趣味や仕事にもって手を出してみるとよいと思います。きっと加害恐怖も影を潜め、欲望と恐怖との調和が体得できる日が来ると思います。
(鈴木優一)

「自己中心的態度からの脱却」 '17.5 

Cさんは、「悪い癖のぶり返し」として人前での緊張がひどいと訴えています。未だに非正規パートなので、特に社員に対する劣等感から緊張してしまう、おまけに声も小さく、いつもおどおどして男らしくないと思っているとのことでした。

その後に、「人と会話をするのはとても楽しい」とも書かれているので、本当は“人と関わりたい”“良い関係を築きたい、好かれたい”という気持ちがあるのだと思います。つまり、そうした気持ち、欲求が強いだけに、良く思われないのではないかという不安も強くなり、身構えてしまう結果、緊張が強まってしまうということですね。その際に、正規社員かどうかにこだわってしまうのは、男らしくないという悩みにもあらわれているように「こうあるべき」という考え方が強いためでしょう。男ならばこうあるべきという考えゆえに、自分の立場や振る舞いが理想と異なる・・と感じて、差別意識を強め、自分をかえって委縮させてしまうのかもしれません。

Cさんの本当の欲求を大事にして、ご自身も書かれているように「相手の話す内容をよく聞く」、そして相手を少しでも理解するように、緊張しながら関わる経験を積まれることが重要だと思います。

 実際、人と関わると様々な経験をします。その後の書き込みでは、同僚との関りについて「自分に非があったのは認めるが、気分が悪くその同僚と会話をしたくなくなった。その同僚の言動が気になって腹立たしい気分にもなった。こんな些細な言動でこんなに気分が動揺するようではいけない」と述べられていました。後味の悪さやバツの悪さなどもあったと思いますが、皆の前で言われたことに傷ついたのでしょうし、親しい同僚だけに、もう少し配慮してもらいたいといった気持ちもあったのかもしれませんね。

 森田は、“普通の人は、誰でも嫌いな人は不快であり、性格の異なる人とはソリが合わない、当然のことである。これを抑圧しようともどうしようともせずに・・(略)・・運命を切り開いていこうとしている。これに反して、神経質は自己中心的の功利主義から、自分の苦痛を最も少なくして、最も大なる幸福を得ようとする工夫から、楽々と愉快に、人と交際し、何ごとにも自分の思うとおりにしたいと考える・・”と述べています。

Cさんの場合は、親しい同僚だったので嫌いな人ではありませんが、自分に対して「こうあるべき」と期待するのと同じように、「こうあって然るべき」と同僚にも期待した結果、腹立ちが強まったのかもしれませんね。人間関係で、思い通りにならなかった時に、相手に対して苛立ちを感じることは誰でも経験することでしょう。つまり、不快に感じたり動揺してしまうことは仕方ないことです。ただし、そこでどう振る舞ったかを振り返ることは自分の責任で「出来ること」です。内心は苛立ちつつも、せめてその気分に振り回されない行動を工夫する、ということですね。そうした様々な気持ちと付き合う経験の積み重ねが、人としての成長に繋がるのではないでしょうか。
(久保田幹子)

「出てみたい会合から少しずつ参加してみる」 '17.4 

Jさんは、対人緊張の悩みですね。集団場面を回避してしまうとのことですが、集団の中に入る必要があるか、入りたいという気持ちがあるかどうかの2点を考えてみる必要があります。元々、Jさんのように一人で読書している時がほっとするような方もいます。集団に入る必要性が低い場合や一人で過ごすことが楽しみな方の場合、無理に集団に入らなくてもよい気がします。

コメントの中にあった「聞き上手になる」というアドバイスにかえってとらわれてしまうと書いてありましたね。おっしゃる通り頭の中で堂々巡りしてしまうのは初め誰もが通る道です。ただ堂々巡りしながらもやむを得ず出席しなければならない会合にはこの方法は有効ですね。または相手の言葉を繰り返すだけでも聞き上手になれます。あとはとりあえず首を動かして頷いてみるという方法もあります。気持ちは整わず不安だらけでも、形をまず整えることによって気持ちがついてくることがあります。

このようにのらりくらりと出席しなければならない会合には時々顔を出し、参加しなくても良いものには参加したい時だけ参加し、あとはご自分の好きなことをなさったらどうでしょうか。また読書好きの方の中には同じ読書好きの人となら楽しく話せるという人もいます。Jさんはどうかわかりませんが、話してみたいなと思う人と話してみる、参加してみたい会から参加してみるのもよいかもしれません。
(石山菜奈子)

「妊娠・出産はセンシティブ」 '17.3 

妊娠・出産は本当にセンシティブな問題ですね。気を付けて細心の注意を払っていらしたのに、今回流産されたこと、本当に言葉には言い表しがたい思いだと推察いたします。2人目はあきらめているとおっしゃっていますが、あきらめようとしているのであって、心の奥では願う気持ちが強いのではないでしょうか。妊娠するとまた流産するのではという怖い気持ちもストレスを貯めないようにと根を詰めてしまうのも、2人目のお子さんを望まれる気持ちが強いからこそではないかと思います。大切に思っていることはそんなに簡単にあきらめきれないですよね。女性にとっては年齢もありますし、とても葛藤的な問題です。

改めて振り返ってみると、Yさんがお二人目のお子さんを望まれるのはどんな気持ちが強そうですか?上の子にきょうだいがいた方がいいかなという思い?「きょうだいがいた方がいい」など他人の発言が心に引っかかっている可能性もありそう?最初の流産の衝撃が強くて、そこから何かが変わった感じがする?もともと自分のイメージしていた状態と違うことに気持ちがついていかないところもありそう?まったく外れていたらごめんなさい。どんな気持ちからかな?というところが自分がどうしていったら幸せになるかの大事な羅針盤になるように思うのです。きょうだいが生まれるのは結果で、そのことを願うのはどうしてかという気持ちの中身が一番大事。その中身が今後あなたがどうしていったらよいかの道しるべになって行くように思います。もしかして妻(嫁)としてこうあらねばとか、女性としてこうありたいという思いにもつながっているかもしれません。

一方、Yさんのおっしゃるように溜めないようにと思えば思うほど溜まるのがストレス。引きつらないようにと思えば思うほど引きつってしまう表情恐怖と一緒で、緊張やストレスはなかなかコントロールできないものです。上のお子さんは今おいくつなのでしょうか。お子さんとはどんな風に過ごしていますか?お母さんの元気がないのは、他の家族にももちろんですが、特に上のお子さんにとってはとても心配なのではないかと思います。もしまだあまり動けない状態にあるのでしたら、無理やりただ動くというよりも、上のお子さんが必要とすることを一緒にやったり手を出してあげることから生活の一歩を踏み出していくのはどうでしょう。身体がきつい時は少し休みを取りながら、ストレスについてはびくびくしながら、母としてできることをやってあげ、お子さんとやり取りしていくことでYさん自身もまたいろいろ感じるところあるかもしれません。
(今村祐子)

「治っていく過程」 '17.2 

Tさんは心気症状で悩んでいます。これまでに心気症状以外にも、社会に出るようになった時に確認行為・対人場面での症状、出産後には疾病恐怖・心気症状が強まったとのことです。産後の肥立ちが悪かったことから朝から夜まで病気を不安がり、病院を受診・検査をして問題ないと言われても見落としがあるのではと気になりドクターショッピングを続けて、完全に病気を否定出来ないと次に進めない状況に陥っていたようです。

「病院に行って2か月も経っていないのだからと持ちこたえている」「わずかな進歩でしょうか?」と書かれています。頑張っていますね。森田療法の治療過程においてはそのような感じを抱く方は多い印象です。退院を前にした患者さんからは「現在も症状はなくならずに今も気になります」「しかし、入院前のように症状を気にして行動が出来なくなるのでなく、症状ありながらも動けるようになりました。退院後もここでの身につけた姿勢を続けてやっていこうと思います」とよく聞きます。Bさんも症状はかわらずあるけれど「わずかな進歩」を感じられているようですので、その「わずかな進歩」を糧にまた次に進んでいって下さい。いま目の前のやるべき事に取り組んでいくなかで、生活が広がり症状が後景に退いていることにふと気付かれるのではないかと思います。頑張って下さい。
(矢野勝治)

「仕事に手をつけているうちに自然に集中してくるもの」 '17.1 

Aさんはご自分の視線が周囲にいってしまい集中できない、自分の視界や視線を常に生活の中で意識してしまう、ということで悩んでいらっしゃいます。今回、職場の異動で細かい数字を扱うこととなって、余計に視線の悩みが仕事の邪魔になっていると感じていらっしゃいます。Aさんは、高校生の頃から約20年間、その悩みがありながらも、お仕事をされ、家庭を守っていらっしゃったのですね。苦しい中、とてもよく頑張ってこられたと思います。

授業の時に「黒板だけに集中したい」という気持ちや、仕事の時に「今の仕事に集中したい」という気持ちがあるのは、とても自然なことだと思います。おそらく、Aさんは、勉強や仕事に対して、「ちゃんとやりたい」という気持ちがとても強いのだと思います。その気持ち自体はとても良いことだと思いますが、その分、「ちゃんとやりたい」が「ちゃんとやらなくては」と森田療法でいうところの「かくあるべし」となっているようですね。「ちゃんとやるためには集中しなくてはいけない」から「集中できない邪魔なものを排除したい」という気持ちも強くなっているのかもしれません。

Aさんが、おっしゃっているように、現実的には「授業だけ」あるいは「今やっている仕事だけ」を見ることは無理ですよね。黒板だけを見よう、先生の話だけ聞こう、と思っても視界には他の生徒の姿が入るし、おしゃべりをしている声も耳に入ってしまいます。それと同じように、「今の仕事だけに集中しよう」と思っても、他の雑務も入ってくれば、他の人の姿も声も目や耳に入ってくることでしょう。

私たちが本当に何かに集中しているときは、他のものはほとんど気にならなくなっているものだと思いますが、それは、自然にその状態が作られたもので、自分で準備をして、その状態を作ったわけではないことがほとんどだと思います。ですから、最初は「集中してないな」と思いながらで構いません。とりあえず、勉強や仕事に手をつけていきましょう。おそらく、他に何も見えないくらい集中していなくても、勉強や仕事はできるはずです。ましてや、20年間、苦しみながらもなんとかやってこられたAさんなら、出来るはずです。だんだんと仕事に注意が向いてくれば、頭は自然と集中してくれるものです。是非とも「集中してから仕事をしよう」ではなく、「仕事に手をつけているうちに勝手に集中してくるもの」ということを実践してみてくださいね。
(谷井一夫)

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