症状別アドバイス集

不安神経症の部屋

「慌てることなかれ」 '17.9 

お母様の死など近親者に死が立て続いたことは、Wさんに大きな心労を与えたのではないかと思います。そして、現在、肩の荷が下りたにも関わらず様々な不安や焦燥感に駆られているとしたら、Wさんは誰よりも一所懸命に介護や葬儀などに奮闘し、立ち振る舞ったのではないかと想像します。恐らく、今まで忙しさに忙殺され気づくことの出来なかった疲れが、時間が出来たことで咳を切ったようにWさんに襲ってきたのではないかと思います。

一般に体の疲れは倦怠感など我々にイメージされやすい形で出現しますが、心の疲れは考え過ぎが収まらず落ち着かないなど不安にとらわれる形で出現することが少なくありません。そのため、Wさんは緊張が抜けないような状態に陥ったが故に、呼吸苦などの症状を呈したのだと思います。まずWさんは心身の疲れの表れ方の違いを知っておく必要があるのです。

Wさんの疲れを緩和する上で、まず疲れの程度を見極めることが大切です。所謂、抑うつ症状や意欲減退などの諸症状が日中から認められているとすれば、うつ病としての治療的対応が不可欠となります。しかし、Wさんの場合、日中がある程度動けているとすれば、不安への対応を学びながら、日中の生活行動を模索することを優先してよいと思います。

その上で、まず呼吸苦の対応についてまず考えてみましょう。Wさんの場合、吸うことにとらわれる余り、却って吸えないことへの焦りを募らせているように見受けます。そのため、ゆっくり息を吐くことで張り詰めた筋緊張を緩める必要があります。体の緩みが、心の緊張緩和に通じるのだと思うからです。特に最近の潮流であるマインドフルネス認知行動療法では、リラクゼーションの際、7秒以上ゆったりと息を吐くことが、緊張緩和に有用であると説いています。次に不安の中での生活の送り方についてです。私はWさんが不安に駆られ、ウロウロすることは全く問題ないと考えます。ウロウロする中で、家事などがあれば、それこそ忙しなく動いていけばよいのです。忙しなさはWさんの持ち味の一つです。むしろ、自身に「早く落ち着け」と頭の中で言い聞かせるだけでは、考え過ぎを助長し、心理的疲弊を却って招くこととなってしまいます。つまり、体を忙しく動かしていくことが、考え過ぎから身を守る最大の工夫だったりします。今はまだまだ苦しみの渦中ですが、「為すべきを為し、待つべきを待つ」という心情を大切に、粘り強く対応いただければと思います。Wさんの回復を願っております。
(樋之口潤一郎)

「発達障害のお子さんの子育てと森田療法」 '17.8 

Cさんは、「毎朝、眼が覚めると不安と緊張でとても苦しいです。 特に家の中で1人でいるときはソワソワしてじっとしていられず、漠然とした不安がまとわりついています。」と書き込まれています。

「そもそものストレスの原因はわかっていて、小6の息子が発達障害で不登校気味であることです。 」とのこと。とても心配でつらい状況とお察しします。なんとかしてあげたい、お子さんの将来は・・などさまざまな思いが巡っていることでしょう。

現実的なサポートも必要な状況ですね。周りの方には相談したり、サポートはしてもらえているでしょうか。「話しても解決はしないし」「相手の負担になるのでは」と先回りして話すことを飲み込んでしまってはいないでしょうか。お子さんに関する悩みを一人で抱えてしまうと、苦しくなりますよね。

「まずは自分が健康でいなければならないのに不安がまとわりついて」とも書かれていますが、この「自分が健康でいなければならない」という思いー義務感が強すぎることこそが、Cさんの不安を強め、悪循環を招いていないでしょうか。

「自分が頑張らなければ」が強すぎてしまうと、「実際には不安になる自分」「疲れてしまうこともある自分」とのギャップを感じて苦しくなったり、自分を責めてしまうことにもつながってしまいます。また、「自分が元気でなければならないのにこんなことで不安になって情けない」と、不安をねじ伏せようとしてしまうと、不安はますます強くなってしまいます。

また、不登校のお子さんとお母さんは、どうしても二人きりで家にいる時間が長くなります。二人きりで長い時間いると、どうしても相手の気配に敏感になってしまうもの。お母さんはお子さんの気配に敏感になり、「今日は学校に行くかしら」「今何をしているのかしら」とお子さんの様子に不安な注意を集中してしまい、お子さんは注意を向けられていることますます緊張を高めたり「お母さんの気持ちに応えれらていない」、というように、お互いを思う気持ちから、「親子の間の悪循環」が起こってしまうこともあります。

可能であれば、お子さんに留守番をしてもらったり、どなたかにサポートをしてもらって、Cさん自身の、家庭以外の時間が持てるといいですね。長い時間が難しい場合は買い物に出た時に通る道すがらやお店の中をぐるっと見回すだけでもいいと思います。

真面目なお母さんほど休むこと、楽しむことに罪悪感を持ってしまいがちなのですが、むしろ「必要なこと」と捉えてみてください。自分の中、家の中に風を入れてあげるイメージを持つといいかもしれません。

お子さんと一緒に(できれば勉強以外の)楽しみをみつけることができたら、なおいいですね。

一人でいる時間の不安には、不安と付き合いその中でもできることに手をつけていくことも必要かもしれません。

「抗不安薬を飲んでいますが、あまり効きめが感じられません。」とのこと、主治医の先生にお薬のこともオープンに相談してみてください。
(塩路理恵子)

「抗不安薬との付き合い方」 '17.7 

G様、だいぶ改善しているようで何よりです。軽い不安障害とのことですが、改善しているということは、やはり当初に比べて症状が元々軽くてもさらに軽くなったのではないかと推測します。お辛いことがありそれが軽くなる、それをもってしてよくなったと考えるのは身体の病気ではそうかと思います。 例えば腫瘍が存在して痛みがありそれを取り除いて痛みもなくなるというように。

不安障害の場合、治る項目として症状が軽くなるのは必要条件ではあります。しかしそれだけでは片手落ちになります。症状が軽減するだけでなく、日常生活がより円滑にできるようになっていくことが十分条件になると思います。逆に言えば、不安障害の場合、症状をよくすることだけに注意が向くと、日常生活がどう行えているかという観点が抜け落ちてしまうと治療上も好ましくないわけです。

症状を軽くすることを中心にすればやはり抗不安薬を使用することになります。しかし不安の症状を良くするために抗不安薬を飲めば改善するが、服薬をしないと不安の症状が出てしまう、この繰り返しになってしまいますよね?

今回体験フォーラムへ投稿されて良かったと思っております。それは森田療法の考え方は不安を無くす治療ではないからです。森田療法では不安の裏側には「〜したい」欲求(森田は生の欲望と呼んでいます)があるとポジテイブに読み替えます。あってよい不安を排除しようとすればますます不安は追ってきます。不安を排除しようとするのではなく不安を不安のままに抱えながら不安の裏側の「生の欲望」に従って建設的な行動をしていくことが森田療法の治療の方向性です。

つまり森田療法では不安の軽減をするか否かから離れて自由に動けることを目指しています。不安の程度によっては薬物療法も併用します。治療の時期によって抗不安薬の使用の仕方が異なります。不安や症状がかなりひどく回数も多いとき、つまり治療初期(急性期)は抗不安薬であれば頓服でなく決まった時間に服薬して、不安や症状を軽減するようにします。ただあくまで薬は森田療法の文脈では不安障害を克服するための補助的な役割と位置付けます。治療が進む過程で、不安の波があってもなんとか付き合えるようになり、建設的な行動が広がってきた段階で、抗不安薬を次第に頓服へ切り替えていきます。この段階では不安や症状がでても自分で対処できるようになっていれば頓服の回数も減るわけです。G様、以上を参考にうまく抗不安薬とうまく付き合っていってください。
(舘野歩)

「不安を感じながらも、勇気を出して外出を」 '17.6 

Nさんは、仕事をきっかけにパニック障害を発症し、退職後は自宅療養している状況ということで、たいへんお辛い状況とお察し致します。乗り物に乗ることに強い不安を感じるようになったということは、通勤途中のパニック発作がきっかけだったのでしょうか?

森田療法では、不安の背景に、生の欲求があると捉えます。特にパニック発作は、医学的には必ず症状が軽減する一過性の発作でありますが、死の恐怖を感じる体験であり、“また起こったらどうしよう”という予期不安が残りがちです。

パニック発作がまた起きるのではないかと思い、注意が身体へ向きパニック発作でない様々な自律神経の症状をパニック発作と早合点し、ますますパニック発作を誘発してしまいます。このような症状への注意と感覚の悪循環を森田療法では“精神交互作用”と呼びます。より健康でいたい欲求が強いからこそ不安も強まるわけです。あって良い不安を無きものにしようと排除しようとする機制、感情を理性でコントロールすることを森田療法では“思想の矛盾”と呼んでいます。これらの森田療法の用語をNさん用に少しかみ砕いて説明します。パニック発作が無く一日を過ごせたとしても、それでNさんの心は満たされているのでしょうか?人は不安を消そうとして、より不安になることがあるものです。残念ながら、生きている以上不安はつきまとうものです。また、生きたい気持ちが強い人や、完全なコンディションで過ごしたいと願う人ほど、その不安は高まる傾向にあります。

このような状況を打開するためには、不安を理性でコントールすることから離れ、不安を感じながらも目の前のやるべきことに手を出し、歩みを止めないことが大切です。自転車に喩えれば、立ち止まってしまうと転倒してしまいますが、少しでもペダルを回していれば倒れることはありません。そしてある程度のスピードが出れば、自転車は安定して前進するのです。

頭で心をコントロールしようとするのではなく、行動することで心が動きだすことを体験してください。いきなり乗り物に乗ることは怖いと思いますので、今の自分がやりたいこと(ハードルが低いものがよいです)に恐る恐る手を出してみることをお勧めします。就職活動への焦りもあると思いますが、仕事は一旦脇に置き、回復への一歩として自分の好きなことに手を出してみることもよいと思います。

また薬物療法については、あくまで不安を軽減するための補助的役割と森田療法では位置づけています。現状不安を抱えつつ小さな行動へ踏み込むのが難しいのであれば一時的に薬を味方にするのも一手かと思います。Nさんのご健闘をお祈り致します。
(鈴木優一)

「本当の自信とは何か」 '17.5 

Hさんはパニック障害と診断されてからずっと息苦しさと闘っており、電車には乗れるようになったものの、未だに常に緊張したような息苦しさが残っているとのことでした。特に今は、これから新しい職場で働くことから、この症状を持ったまま入社して良いのだろうかと不安に思っていらっしゃるようです。

薬についても、「薬があれば快調、減薬すれば元通りを繰り返している、情けない」と書かれていますが、それは「結局薬が無ければ生活できない」自分は情けない・・・という気持ちなのでしょうか。薬に対しては多くの方が同じような気持ちを抱きがちです。薬が効けばホッとするけれども、同時に「薬に頼らなければならない自分はダメな人間だ」と思ってしまうから葛藤してしまうのですよね。Nさんがアドバイスされているように、薬はあくまでも補助的なものです。自分の背が小さい時には、高いものを取る時に踏み台が必要ですが、成長すれば踏み台は不要になります。薬もそれと同じことです。Hさんの不安と付き合う姿勢が培われれば、当然薬も不要になるので、それまでは薬を味方につけるつもりで主治医ともよく相談してみて下さいね。

「とらわれている本当の理由を知りたい」「神経質であったり不安を抱えやすいタイプの性格はどのような捉え方や考え方を修正していけばいいのか」といったことにも悩んでいるようですが、最初の問いの答えが後者の問いになるのかもしれません。つまり、問題は症状や不安なのではなく、自分自身の考え方にあるということであり、実際Hさんはそのことに気づいてきているということですよね。

今の不安を、新しい職場に対する不安とは気づいているようですし、それ自体はとても自然な不安でしょう。しかし、失敗するわけにはいかない、職場に適応しなければ・・と身構えてしまうことが不安をより強めており、さらに「このままではいけない」と考えてますます心身の状態へのとらわれを強めているようです。つまり、考えてもわからない未来のことをあれこれ考えて、より一層自信を失わせているのです。

ではどうしたらいいでしょうか?まだ見ぬ職場のことを考えても答えは出るはずもありません。万全にしたいわけでもない・・・と書き込まれていますが、やはりどこかで「大丈夫な自分」をあらかじめ実感したい、先に自信や保障が欲しいという思いがあるように思います。

森田は、「強い人が勝ち、弱い人が負ける、上手な人が良く出来て、下手な人が上手く出来ない。それが事実であって、その事実をそのままに見るのが信念であり自信であります」と述べています。つまり、自信とは、勝ったり上手く出来る力をあらかじめ持っているということではなく、ありのままの事実を見る力ということでしょうか(長所、短所も含めて)。森田はその後で、(要約)“例えば高跳びで気おくれがした時、色々と自分の心の態度を決める、などのはからいごとに迷わずに、自分自身を見つめよと言います。そうすると、本当はもう少し上達したい、少しでも余計に跳びたいという欲望が見えてくる・・。そしてその欲望のままに手を出し、やめずに続けていさえすれば、ついには上達して自信も出てくるようになる”とも述べているのです。

Hさんが悩むのは、それだけ新しい職場への期待や適応したいという欲求があるからですね。その欲求が強いことを認めそのまま進むこと、そして何より、自分は神経質であったり不安を抱えやすいタイプなんだ・・と、ありのままの事実を認めること、それが今の自分を成長させ、本当の意味で神経質を生かすことに繋がるのではないでしょうか。
(久保田幹子)

「自分のための時間も作ることを忘れずに」 '17.4 

Tさんは、自営でシングルマザーです。両方とも責任が重い状況ですね。その中で癌を患われパニック障害を発症したとのこと、死の恐怖を感じ、自分が死んだら娘はどうなるのだろうと思うと強い不安を感じるのは自然です。

パニック障害になる方は、周囲に自分を合わせて無理してしまう方が多い印象です。最近は友達や家族に頼っているとのこと、とても良いと思います。周囲に自分を合わせようとしすぎずに、自分のできないことは誰かに頼むということは必要なことです。一人の人間で抱えられることは限られています。適度に頼りつつ仕事、家事などをやっていって下さい。「仕事をしていると娘に構ってあげられない」と嘆くお母さん方がいますが、実は働きながら家のこともやる母の姿ほど格好良いものはありません。直接娘さんと向き合わなくても、娘さんはお母さんの背中を見て成長していきます。癌やパニック障害を抱えながらも仕事、家事をされているTさんを見て、娘さんも誇らしく思っていらっしゃると思います。

薬に関しては、適切に使用すれば問題ありませんし、コメントにありましたように良い時期に減らしていけます。薬を服用していても充実した生活を送ることを重視して下さい。

最後に、仕事や家事で忙しいと思いますが、自分のための時間も忘れずに作るようにして下さい。患者さんの中では週に1回はカフェで過ごすようにしている、映画館に一人で行って自分の時間を持つようにしているという方々がいます。周囲に合わせすぎる人の場合、自分自身のために使う時間を忘れがちであるため、一呼吸置く時間を作りましょう。
(石山菜奈子)

「ありのままの赤ちゃん」 '17.3 

kさんは出産後にストレスが原因でパニックを起こし、普通だと思っていたご両親がそうではなかったことに気付き、苦しい気持ちをどうしたらいいかわからないと書かれていました。産後の肉体的にも心理的にも助けがほしい時、分かり合って暖かい気持ちでいたい時に衝撃でしたね。Aさんも同じような状況を経験されたということでお二人のやり取りに温かみを感じました。

kさんは苦しさと同時に、これまでの価値判断を親にゆだねて生きてきてしまった自分への憤りもあることや、赤ちゃんに自分と同じような思いをさせたくないという思いについても語られています。自分の色々な思いを感じ、冷静に見ようとする力、起きていることを整理して理解し、対応できる力をつけようとする姿勢からとても愛情深く、知的な方なのだろうなという印象を受けました。自分の事を冷静に見て自分について悩む姿勢(自己内省)があり、子どもにとってよりよい母親になるようにと願い努力されるところ(森田では生の欲望と呼びますね)もお持ちな様子からは、神経質(神経質というのはとても良いものです)でいらっしゃるのかなとも思います。このサイトで色々なケースを見て学びながら、カウンセリングにも通われているとのこと。小さい赤ちゃんがいる中でカウンセリングに通うのは大変なこともあるかもしれませんが、Kさんの場合はとてもよい支えになっていっているようですね。

目の前の赤ちゃんを見て「ああ、この子はこの子なりの理由であるがままにふるまっているな」というような感覚になる瞬間が最近増えてきているとのこと。すごい感性だなと思います。たくさん泣いて自分の気持ちを話し、自分の気持ちに触れていく中で、少しずつ自分の気持ちがわかっていき、その瞬間瞬間を感じられるようになるのですよね。とても大切な自分の土台です。

不安に圧倒されたり、色々くよくよすることもあるかもしれませんが、それは神経質の特性でもあります。細かで色々と感じ考えるところを赤ちゃんへの対応に生かしていけばより赤ちゃんに細やかに反応することができますし、お互いにその瞬間瞬間をとても大切に生きていくことに繋がっていくはずです。そうやって赤ちゃんに接し育てていく中で、ご両親との関係とは違う新たな関係をKさん自身が育まれていくことになるのではないかと思います。
(今村祐子)

「別れは辛いもの」 '17.2 

Iさんはお母様が突然亡くなられて悲しい思いに暮れています。

別れとは寂しく悲しいものです。病気などで余命がわかっていても受け入れ難いものですが、胸部大動脈解離で突然亡くなられて心の整理がつかない状況ではなおさらのことだと思います。忘れようとすればするほど辛さは募るものです。

一方で(お母様だとこういう時にどうアドバイスしてくれるだろうか)と考えることはありませんか。あえてそう考えずとも自然とお母様だったらこう言うだろうと浮かんだりしているかもしれません。お母様との思い出、お母様の考え方は、周りの関わった多くの方の心に宿っているのではないでしょうか。お母様から学んだ教えはIさんの礎になっていることと思いますし、さらにはあなたを通して次の代へ引き継がれるとも言え、亡くなられても(関わった人達の心の中で生き続ける)ということが出来るかもしれません。

とは言え、別れは辛いもの。Aさんも述べられていますが、大事に思われていた方の死別の辛さは無理に忘れようとしなくてよいのだと思います。
(矢野勝治)

「他人がどう感じているのかは本当のところは分からない」 '17.1 

Aさんは約15年前からパニック障害を発症され、発作そのものはほとんど起きなくなっていますが、乗り物に乗る時や歯医者に行くときなどの予期不安が辛いとのことです。パニック発作のときの恐怖感は本当に強いものですから、本当に辛かったと思います。また、症状が長期間になればなるほど、予期不安も強くなりますから、「普通の人なら大変な思いをしなくていいんだな」とうらやましく感じるのも無理はないと思います。

そして、症状は他人と比較することはできないものですし、「自分が特別に苦しい」と感じてしまうことも自然なことです。しかし、本当にそうでしょうか。確かにAさんはパニック障害で苦しんでいらっしゃいますが、乗り物に乗っている人や歯医者に行っている人は何も悩みや苦しみがないのでしょうか。もしかしたら、Aさんと同じようにパニック障害を抱えていらっしゃる方もいるかもしれませんし、他の病気や対人関係などで悩んでいるかもしれません。もっと言ってしまえば、とくに病気や悩みがなくても、乗り物に乗るのがあまり好きでない人や歯医者そのものがすごく苦手な人もいることでしょう。

苦手なことが全くない人、悩みが全くない人はいませんよね。人には好き嫌い、得意・不得意があって、それは人それぞれ違うものですね。そして、私たちは色々な場面で様々な感情になりますが、感情そのものはどうにかなるものではなく、その時その時でどんな感情であっても、味わうしかないですよね。ですから、苦手なものは苦手でよいし、怖いものは怖くてよいのではないでしょうか。

Aさんの得意なこと、好きなことはなんでしょう?もしかしたら、「ない」とおっしゃるかもしれませんが、そんなことはないはずです。他の人から見たら「Aさん、うらやましいな」と思われていることがあるはずです。そのことを広げていくことがAさんらしく生きていく、ということに繋がり、予期不安にとらわれることも減ってくると思います。ちょっと厳しいことも書いてしまったかもしれませんが、是非とも、Aさんの強みを磨いていって下さいね。
(谷井一夫)

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