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メンタルニュース

メンタルニュース NO.32

症状別にみる森田療法の治療法

1.森田正馬

I. 森田療法とは

森田療法は、東京慈恵会医科大学の初代精神科教授であった森田正馬によって1919年に創始された精神療法(心理療法)です。元来の治療対象は強迫性障害、社交恐怖(社交不安障害、対人恐怖症)や広場恐怖などの恐怖症性不安障害、パニック障害、全般性不安障害、心気障害など、神経症と総称される病態でした。
森田療法は次のような人間観に基づいています。そもそも不安とその根源にある死の恐怖は私たちの誰もが有する自然な感情であり、その裏にはよりよく生きようとする人間本来の欲望(生の欲望)が存在します。例えば病気に対する恐れの裏には健康への希求があるように、不安と生の欲望とは表裏一体の関係にあるのです。にもかかわらず神経症の患者さんは、自己の不安を排除することに努力を傾けており、そのためかえって不安が自己増幅していくという悪循環に陥っているのです。このような心理的悪循環は「とらわれの機制」と呼ばれます。こうしたとらわれから脱却するには、不安も生の欲望もどちらも自然な人間性として受容することが必要であり、それを森田療法では「あるがまま」という言葉によって言い表してきました。「あるがまま」とは、第1に不安や症状を排除しようとするはからいをやめ、そのままにしておく態度を養うことです。第2には、不安の裏にある生の欲望(向上発展の希求)を建設的な行動に発揮していくことです。
森田療法は臥褥と作業療法を軸にする独特の入院療法を基本形にしてきました。入院は次の4期の治療期間から構成されます。

入院治療

  1. 第1期:絶対臥褥(がじょく)期(7日間)
    この間は読書などの気晴らしをせずに、終日個室で臥床して過ごします。症状をやりくりしようとするはからいをやめて、そのままの自己に向き合うことが目的です。通常、臥褥の後半から心身の活動欲が高まっていきます。
  2. 第2期:軽作業期(4〜7日間)
    臥褥によって高まった活動欲を一時に発散するのでなく、徐々に必要な行動に向かっていくことがこの時期の目標です。この時期から主治医の面接と並行して日記指導が開始されます。
  3. 第3期:(重い)作業期(1〜2ヶ月間程度)
    動物の世話、園芸、陶芸、料理など生活に即した様々な作業に、他の患者さんと共同で取り組みます。作業や生活の実践を通して、症状にとらわれず臨機応変に行動する姿勢が培われていくのです。
  4. 第4期:複雑な実際生活期(1週間〜1ヶ月程度)
    この時期は外泊を行うなど社会復帰の準備にあてられます。

森田療法センターのご案内(PDFファイル)

外来治療

今日では上述の入院療法の他に、外来(通院)での森田療法も広く普及してきました。
外来治療では面接や日記指導を通じて,症状にとらわれた自分のあり方と生の欲望を患者さんに自覚してもらい,不安のまま生の欲望にしたがって生活を充実させていくよう促していきます。また森田理論に立脚する自助グループ「生活の発見会」も全国で活発な活動を続けており、現代の森田療法は入院、外来、自助グループの連携体制が確立しつつあります。治療対象については、神経症に限らず経過の長引いたうつ病や種々の心身症に森田療法の適用が広げられており、癌の患者さんのメンタルヘルスにも応用されています。
以下、症状(病型)別に森田療法による理解と治療のポイントについて、症例を交えながら解説を加えることにします。

2.森田センター3.外来治療
4.強迫イラスト

II.森田療法による強迫性障害の治療

1.どう理解するか

森田は、強迫観念の心理機制を次のように説明しました。
たとえば、ふとした拍子に赤ん坊をうっかり踏み殺してしまわないかという考えがよぎったとします。このような偶然の想像は、そうあってはならないという拮抗心から恐怖をもたらし、過敏な人では注意と感覚(恐怖)の悪循環からその考えが増強します(精神交互作用)。
特に、「かくあるべき」という心理的構えの強い神経質性格の人は、そのような恐ろしいことを考えてはならないとして意識から排除しようと努める結果、かえってその考えにとらわれ強迫観念に発展するのです(思想の矛盾)。さらに強迫観念に伴う不安や苦痛を打ち消すために反復されるのが強迫行為です.たとえば不潔なものに汚染されたのではないかと不安になった人が,繰り返し手を洗う行為,また誤りや見落としがあるのではないかという恐れにとらわれた人が何度も確認するという行為が代表的なものです。こうした強迫行為は繰り返すうちに,次第に「ちゃんと洗う(確かめる)ことができたかどうか」が不確かな気がしてきて,益々無意味な反復に陥ることが多く,悪循環に拍車をかけることになります。

2.入院治療

ここでは強迫性障害の患者さんの入院森田療法を、日記を中心に紹介することにします。
なお以下に登場する症例は、いずれも患者さんのプライバシーを守るため、若干の改変を加えてあることをお断りしておきます。

■症例 21歳 男性 Aさん
主な症状は、喪服の人を見たり死に関連する言葉を聞くと、手洗いや塩まきをせずにはいられないというものです。
Aさんは元来、心配性の性格でした。大学に入学後、一人暮らしを始めました。初診の2年前、相次いで友人が亡くなるとう出来事がありました。それ以来死の恐怖にとらわれ 喪服の人を見たり死に関連する言葉を聞くと、恐ろしくなって手洗いや塩まきをせずにはいられなくなりました。次第に症状は悪化し、禊のため部屋中に塩をまくようになりました。一人では外出も困難になったため帰省しましたが、実家では家族にも塩をまくよう求めました。また死にまつわる話題を避けるため、母以外の家族とは食卓を共にしません。受診した精神科医の勧めで森田療法を希望し来院しました。入院直前まで塩まきは続けていたといいます。

[治療の経過]
「 」にはAさんの日記を、( )内には治療者のコメントを抜粋してあります。

起床(臥褥明け)1週目
「他の患者の作業を見学しましたが、金魚のフンのようで半泣き状態でした。いまだに居場所がない、居心地の悪さを感じます」(半泣きしつつも見学に努めたところに、君の向上欲がうかがわれる。)
起床2週目
「スーパーに洗剤を買いにいきましたが、喪服が気になって周りを見ないようにしていました」(洗剤は買えましたか?目的を達成したかどうかがもっとも大切。)
「動物の係に決まったが、先が思いやられる、やることが多い、逃げ出したい・・・」 (と、こぼしながらも真面目に取り組んでいるようですね。)
こうした愚痴をこぼしながらも、Aさんは病院で飼育しているレース鳩の放鳩訓練(鳩を院外に連れて行き、放って巣に戻す訓練)を通じて外出の範囲が広がっていきました。
起床5週目
「飼育していた熱帯魚が死んだことでのモヤモヤはありますが、作業の責任者として計画を考えることの方が今は強い状態です」(心はこのように変転していく。いま目前のことに打ち込んでいくことです。)
起床6週目
「(怪我したカラスを他の患者さんが病棟に入れたことから恐怖にかられて)退院かそれとも続けるか迷っています。一日寝ていてあまりいい感じとは思えない」 (行動を気分に流さず整えていく。そこに貴君の心の成長がかかっています。)
(翌日の日記)「自分でもどうしていいかよくわかりません。でも逃げる気はないです」
こうして恐怖に駆られながらも治療の場にとどまり、ピンチを乗り越えたAさんは、それ以降も不安を抱えながら作業を継続しました。
起床10週目
「一人で大学に行ってきました。塩はまかずにやってきました」(しっかり踏み込んで、目的を果たしました。)
退院後の計画について相談した後、Aさんは3か月間の入院生活を終え、大学に復学しました。翌年には無事卒業を果たし、その後も症状の再発は見られていません。

3.治療の要点

一般に強迫性障害に対する森田療法では具体的な行動指導が重要であり、以下の点がポイントになります。
1.不安を強迫行為で打ち消そうとせず、そのままにおく。せめて一拍、間をおく 直ちに強迫行為をやめるのは難しくても、不安を感じるやいなやすぐさま打ち消しに走らず、行為に移るまでに間をおくよう助言していくのです。

2.行動の転換をすばやくする。時間を「物差し」にする
すっきりするまで強迫行為を続けるというパターンから脱却して、不快な気分を残したまま次の行動に移るよう指導します。強迫行為を切り上げる目安として、たとえば5分間という時間を定めるのもひとつの方法です。

3.全か無かのパターンに陥らず、ほどほどのやり方を探る。行動をゼロにしない
多くの患者さんは、強迫的な完全主義のために100かゼロの行動パターンになりがちです。また完全を求めるがゆえになかなか物事に着手することができず、行動範囲は狭くなりやすいのです。そこで30,40でもいいからゼロにせず行動すること、尻軽く動き、何でも目前のことにすっと手を出していくよう指導することが大切になります。

4.臨機応変を心がける
たとえば入院治療において、「かくあるべし」にとらわれた患者さんが庭木の水遣り当番になると、雨が降っていても水遣りをする、といったことが実際に起こります。したがって、そのつどの状況をよく見て、それに応じた柔軟な行動を取るように助言することが必要なのです。

5.症状の有無ではなく、目的が果たされたかどうかを行動の基準におく(目的本位)
たとえば買い物に際して、患者さんの注意は症状が出現したか否かという点に向かいがちです。森田療法においては、症状の有無に関わらず必要な買い物ができれば成功、というように、本来の目的が実現されたかどうかを行動の基準にするよう助言がなされます。

5.社交恐怖イラスト

III.森田療法による社交恐怖の治療

1.どう理解するか

森田は赤面恐怖を始めとする対人恐怖症(社交恐怖、社交不安障害)について「恥かしがることをもって、自らふがいないことと考え、恥かしがらないようにと苦心する」心性だと説明し、その本質は羞恥恐怖であると指摘しました。森田によれば、恥ずかしいという感情が意味するのは人からよく思われたい欲望であり、同時に悪く思われはしないかという恐怖でもあります。羞恥の恐怖は同時に優越の欲望であり、これらの恐怖と欲望は人間心理の両面の事実に他なりません。けれども社交恐怖の人々は羞恥や赤面という自然な感情や生理反応を「あってはならないこと」として否定し排除しようとするあまり、一層自己の状態にとらわれて羞恥をつのらせていくという悪循環が認められるのです。

2.外来治療

社交恐怖のため仕事や学校などの社会生活が困難な患者さんには、実際の集団生活に身を置いて、建設的な行動を身に着ける入院療法が適しています。けれども比較的軽症の人には通院治療も実施されていますので、ここでは外来で行った森田療法の例を示しておきます。

■症例 34歳 女性 Bさん
主な訴えは、話をするとき顔がこわばり、相手にも緊張が伝わる。人と視線を合わせることが苦痛というものでした。

[治療の経過]
治療は原則として2週間に1度、1回約30分、計12回の期限を設定し、日記指導を併用しました。なお本人の希望もあり投薬は行いませんでした。

(初回面接)
Bさんは、30歳を過ぎてから大学に入学しましたが、発表が予定される授業では、その前から緊張がつのり、発表の間、顔がこわばり他の人はそれを見て軽蔑していると感じます。その一方、他の人が自分を見ないようにしていると、緊張が分かられたのだと思ってしまいます。治療者がそのときの感情を尋ねると、怖い、恥ずかしい、情けないというのでした。さらにこれらの感情の裏にはどのような欲求があるのかを問うていくと、人より優れたい、認められたい、よく思われたいという願いが存在することが分かりました。Bさんは、他の人はどうして平気でいられるのだろう、自分は1日に何百回も表情について考えるのに、というのでした。
そこで治療者は、Bさんの抱えている感情も欲求も自然なものであり、人は多かれ少なかれそのような場面で緊張するのだという事実を伝えると共に、緊張しないようにという努力がかえって緊張を強めているのではないかと、とらわれの悪循環を指摘しました。

(第2〜5回面接)
面接でも日記でも、様々な場面で緊張することが繰り返し語られました。同級生に対して「挨拶さえ自然にできない自分が情けなく自己嫌悪する」といいます。治療者は、こうした自己非難が「かくあるべき」という心の構えから生じていることを指摘し、それに合わせて自分の感情や表情を無理にコントロールしようとする姿勢を明らかにしました。その上で、行動に際しては、緊張したか否かではなく、本来の目的が果たされたかどうかで評価していくこと〔目的本位の姿勢〕を指導し、また会話のときは、緊張しながらも相手の話に耳を傾けること(聞き上手)を助言しました。
それからは、実際にやってみれば思ったほど緊張しなかったという体験も見られるようになりましたが、「聞き上手」はなかなか難しいといいます。この時点で、症状が改善したとしたら、どうしたいのかとBさんの希望を尋ねたところ、勉強を続けて、いずれは語学教室を開きたいとのことでした。もっと交友関係を広げたいという希望も抱いていました。治療者は、このようなBさんの向上発展欲が現実の行動に結びつけば、希望に近づくことができること、しかもそうした行動は緊張がなくなってからではなく、今からでも実行可能であることを伝え、緊張しながら行動を広げていくよう提案しました。

(第6〜11回面接)
この頃から、緊張が予期される場面を回避することは減っていき、「どきどき、はらはら」しながら必要な関わりに向かっている様子が日記に記されてきました。勉強を続け、友人とも交流するなど、行動に向かう努力が窺われます。その半面、自分からは挨拶しない、人に道を尋ねられないため、なかなか目的地にたどり着かないといった、症状に流された行動が垣間見られました。そこで、第6回からは次の面接までの間の課題をBさんと相談し、行動への踏み込みを図ることにしました。通りがかりの人に道を尋ねるという課題を実行した結果、閉店間際に目的の店にたどり着くことができました。また近所の人に自分から挨拶してみたところ、幾人かは気さくに応じてくれたということでした。治療者は、自分から挨拶しても、予期したような不快な状況には至らなかった事実を指摘し、気さくに応じてくれたときには気持ちも和んだことを確かめました。そして改めて目的本位の行動を重ねていくよう促したのでした。
いまひとつBさんの悩みは、相手の目を見て会話しようとするが、なかなか実行できないということでした。そのことにとらわれた印象だったので、治療者は、コミュニケーションは目を合わせることだけが問題なのではなく、目が合わなくても相手にはっきり応答することが大切であると伝えました。同様に、会話の際に、相手の話に耳を傾けようとしても、しばしば自分の緊張に注意が向いてしまうということでしたので、そうと気づいた時点で、相手の話に注意を向けなおせばよいことを保証したのでした。

(最終面接)
このところ料理にはまっており、教習所に通うことも決めました。興味や関心が広がると共に、それを行動に移す姿勢は徐々に培われてきたといえます。
予定した12セッションの最終回であるため、これまでの治療のまとめを行いました。Bさんは、緊張しながらも行動を重ねていけば将来の夢も実現できそうな気がするといいます。また以前に比べて、人の話を意識して聞くようになったということでした。その反面、まだ「堂々としなければいけない」という「かくあるべし」の考えに向かいがちであり、自分の言動について、あとからくよくよ考えやすいといいます。
改善のレベルは軽度でしたが、希望があれば3ヵ月を過ぎてから追加セッションを行うことを約束して治療を終結しました。

6.パニックイラスト

IV.森田療法によるパニック障害の治療

1.どう理解するか

森田正馬は青年期にパニック発作に苦しめられ、それを克服した体験が後に森田療法を形作るヒントになったといわれています。森田は、パニック発作の症状形成に際して注意と感覚の悪循環が介在することに着目しました。たとえば心臓病で苦悶の末に死去した人を目撃したことから、自分もこのようなことにならないかという心配を抱いたとします。その後、たまたま軽度の心悸亢進を自覚したとき、先の体験と結びついて死の恐怖が生じ、その恐怖は当然さらなる心悸亢進を引き起こします。そして注意が心臓部に集中するほど、益々不安を感じ、注意と不安とが交互に作用して、心悸亢進はいよいよ高まります。このような注意と感覚の悪循環による不安の急激な増幅が、とらわれの機制のひとつである「精神交互作用」のからくりです。

2.外来治療

森田がパニック障害の患者さんに実施したのは、「発作を起こすよう努め,それを詳細に観察記録するように」という指示でした。今日では、もう少しプロセスを重視した方法が一般的であり、多くの場合は薬物療法も併用されます。ここでは通常の精神科外来で実施された森田療法的アプローチの例を紹介します。

■症例 32歳 男性 Cさん
初診の2ヶ月前、仕事上のトラブルが発生し、対処に追われる日々で、ストレスから深酒が続いたといいます。ある夜、睡眠中に心悸亢進が出現。目覚めたときには胸苦しさ、呼吸困難感、手足のしびれ感も伴い、「このまま死んでしまうのではないか」と恐ろしくなって救急車を呼んで受診しましたが、心電図などは特に異常が認められませんでした。3週間後の夜間にも同様の発作が出現し、再度救急受診。このときは抗不安薬を就寝前に処方され、しばらく服用しました。初診の2週間前、入浴中に3度目の発作が起こります。救急車で搬送され、精査を受けましたがやはり異常は見つかりませんでした。それ以来、また発作が起こるのではないかという不安から、一人で居られず実家に戻っており、電車に乗ることや入浴も避けているといいます。かかりつけ医の勧めにより精神科を受診しました。

[治療の経過]
初診時
治療者はパニック発作について「自律神経の急激な緊張であるが、そのままにしておけば自然に鎮まる」ものと説明し、過呼吸を伴う場合には適切な呼吸法を指導しました。またパニック発作の誘因になり得る過度の飲酒は控えるよう伝えました。Cさんは「なるべく薬を飲まないで頑張ってきた」ということでしたが、「薬を味方にしながら、生活の立て直しを図ればよい」ことを保証し、抗不安薬とSSRIというタイプの抗うつ薬を処方しました。

2週間後
その後大きな発作はありませんでしたが、食事や入浴時に軽い動悸、息苦しさがあり、また発作が起こるのではないかとの予期不安から、入浴は依然として控えているといいます。そこで、予期不安のからくりをよく説明し、避けていた行動に踏み込むことを奨励しました。

4週間後
この頃までには大分気分も安定してきており、先日から一人暮らしを再開したとのことでした。

2ヵ月後
抗不安薬をはじめは1日置きの服用とし、特別問題が生じないことを確かめてから中止しました。しばらくして、1度床屋で不安感に見舞われましたが、何とか我慢してやり過ごしたとのことでした。

4ヵ月後
深酒をした後、心悸亢進が出現し、頓用で処方していた抗不安薬を服用したといいます。治療者は「慌てずに対処できたこと」を評価しました。それと共に、次第に深酒から寝不足が続く元の生活に戻りつつあるCさんに対し、生活スタイルへの注意を促しました。
その後はCさんも規則的な生活を心がけるようになり、数か月後には抗うつ薬も中止しましたが、特に再燃もなく治療を終結することができました。

3.治療のポイント

パニック障害の患者さんへの森田療法的アプローチでは、以下のことがポイントになります。

(1)パニック障害に関する疾患教育を実施する
治療を始めるに当たり、パニック発作は急激な自律神経の緊張が特徴であること、しかしたいていの患者さんが恐れるような卒倒やコントロールの喪失、まして心停止、死に至ることはあり得ないこと、また通常はそのままにおいても数分から数十分のうちに自然に回復することを明言します。筆者はパニック発作を、よく「夕立」にたとえて説明しています。

(2)投薬に際し適切なことばの処方を補う
a) 薬物は生活を立て直すための補助手段と位置づける。
投薬に際して受身の立場におかれた患者さんは、薬物なしでは無力感に陥りやすくなります。こうした無力感を克服するために、患者さん自身の主体的な取り組みが回復の原動力であり、薬物はそれを後押しする役割であることを明らかにしておきます。
b)薬物にはパニック発作を抑止し、不安を軽減する働きがあることを伝える。
患者さんや、時には治療者も、不安を完全に除去することを目指すと、結果的に際限のない薬の増量や処方変更を招く危険性があります。そこで薬物には、受け入れられる程度に不安を軽減する効果が期待できることを説明するのが現実的です。
c) 予想される副作用について説明する。
患者さんは薬物の副作用に対して不安を抱きやすい傾向にあるため、現実に起こり得る副作用と非現実的な不安とを区別しておく必要があるのです。
d)服薬についての不安は面接中に話し合えることを保証する。
このことは薬物への安心感を高めるだけでなく、服薬を巡る対話を通して、「石橋を叩いて渡らない」日頃の行動スタイルに自覚を促す契機にもなります。

(3)症状発展に介在する悪循環を明らかにする
たいていの人は「パニック発作が起こるのではないかと絶えず注意を払っている自己の状態」に思い当たり、「不安を打ち消そうとすればするほど制御できない不安がつのってくる」という逆説的事態の指摘に納得するものです。特に予期不安から、発作の起こりそうな状況を回避していくうちに生活範囲が狭まっていくのがこの障害の通常の経過です。そこで治療者は予期不安のからくりをよく説明し、病的な症状とは異なることを明確にする必要があります。

(4)「病を恐れて病人の生活に陥っている」構図を明らかにする
患者さんは不安に駆られて身体の状態を絶えず観察し、少しでも発作の兆候があれば途中下車したり病院に駆け込んだりしがちです。あるいは予期不安のために、一人での外出を避けようとしたりします。このような不安に対する「はからい」によって、かえって生活は損なわれ、極端な場合には家から離れることさえ困難になるというように、よりよく健康に生きたいという欲望とは反対の結果を招いています。このことを患者さん一人一人の生活に即して検討するのです。「病を恐れて病人の生活に陥っている」現実に患者さん自身が気付くことができれば、次のステップにつながります。

(5)不安のままに、生活の立て直しをはかる
不安はあるがままに、今できることから行動に踏み出し、生活の再建をはかることが次の段階の作業です。行動の課題には、もちろん予期不安のため避けていた行動(外出や乗り物に乗るなど)に踏み込むことも含まれますが、そればかりを優先する必要はありません。家で過ごす時にも、時間を有効に活用して建設的行動に向かっていくように奨励します。このようにして、患者さんが生の欲望を幅広く発揮し、生活全体を充実させていくように導きます。

(6)発症前の生活を見直す
しばしば患者さんは「かくあるべし」の姿勢から仕事や社会生活の上で無理をきたし,心身の緊張、過労を招き寄せています.そこで行動が立て直された後には、発症に先立つ生活状況を振り返り、「かくあるべし」のスタイルを修正することが締めくくりのテーマになるのです。

7.うつイラスト

V. 森田療法によるうつ病の養生と治療

1.どう理解するか

うつ病のおよそ7割は抗うつ薬の服用と休養生活によって速やかに回復に向かいます。けれどもうつ病の受診者が増加するにつれて、残りの3割、すなわち標準的な治療を行っても経過が長引く症例が、見過ごせない問題になってきました。うつ病の遷延化には様々な要因が関与していますが、元来の性格傾向に裏打ちされた「病に対する態度」もそのひとつです。うつ病に関わりの深い性格の人々には几帳面、仕事熱心などの共通特徴がありますが、さらに一部の人々は神経質に類似した「かくあるべし」の姿勢が目立ち、それがうつ病の回復過程で焦りや無理をもたらし、遷延化の一因になるのです。こうした「病に対する態度」を転換させ、自然な回復過程を促進していくことが「養生」の視点に立ったアプローチです。
精神科医の中井久夫らによれば、養生とは「自然回復力のある疾患において、できるだけ有害な要素を除き、疾病過程および回復過程自体から悪循環を発生しないようにしつつ、その疾患をベストフォームにおいて経過させること」です。うつ病は本来、自然回復の経過を辿る疾患です。森田正馬も、自然な回復過程を促進するという観点を治療観の根本におき「凡そ病の療法は此自然良能(=自然治癒力)を幇助(ほうじょ)して、之を発揮増進せしめ」ることだと述べています。養生の視点に立つということは、「うつから早く脱け出すには、どのような生活姿勢が望ましいか」を患者さんの日々の暮らしに即して考え、回復の道筋を探ることだということもできます。
このような視点に立って、筆者は「あるがまま」という森田療法の立脚点をキーワードにした養生法を提唱してきました。ここでいう「あるがまま」とは、先ずうつ病に罹っているという現実を受け入れ、悪循環を招かぬよう回復の時期にふさわしく生活を調整していくことです。そして回復期には徐々に休息から活動に移行し、「生の欲望」を無理なく発揮して心身の健康な働きを助長していくことです。そのような活動はさらなる自然回復を促す契機になるからです。

以下、うつ病の各時期に応じた養生指導の一部を紹介することにします。

[極期の養生]
(1)この時期には、何かをすることによって状態の改善を図ろうとしてもうまくいきません。極期には休息を得ることを最優先にして、そのための環境を整えることが重要です(「果報は寝て待て」)。
(2)うつ病からの回復には、全経過を通して通院、服薬が欠かせません。養生の実践は、薬に頼らず自力で回復を図るという意味ではありません。自力で克服しなければ、という発想は「かくあるべし」になって、自分を追い込むことになりやすいのです(「通院、服薬は欠かさない」)。

[回復前期の養生]
(3)うつ病の症状にやみくもに抗うのではなく、状態に応じて活動と休息のバランスをはかることは養生の基本です。とはいえ、うつ病の症状は目に見えないだけに自己判断が難しくもあります。そこでひとつの手がかりとして、うつ病特有の「疲労感」を目安におくことを勧めています。疲労感が強いときは休息を主とし、それが軽いときは手のつけやすいことから行動してみる、というようにです(「臨機応変」)。
(4)この時期には徐々に健康なエネルギー(生の欲望)が回復してくるものの、まだその力は弱いものです。したがって芽生えたばかりの欲求を「かくあるべし」に絡め取られずに自然に発揮していくようアドバイスすることが大切です。たとえば「少し外の空気を吸ってみようか」といった気持ちが芽生えたら、外をぶらぶら歩いてみます。「もうちょっと足を伸ばしてみようか」という気になったら、その「感じ」に身を委ねてみるのです。そのようなささやかな体験が、この時期にはさらなる行動のはずみになり得るからです(「〜したい」を実行に移す)。

8.うつ図

[回復後期の養生]
本来の状態の60〜70%くらいまで回復した頃の心得です。
(5)ここまで回復してきたら、生活は規則的に整えた方がよいのです。起床、就寝、食事の時間は大体一定にして、徐々に建設的な行動を増やしていきます(「生活の形を整える」)。
(6)うつ病の人々は過去の後悔にとらわれ、また未来を憂慮しながら日々を送りがちです。それだけに今できること、目前にあることをひとつひとつ実行し、現在に目を向けることが重要なのです。60%の回復状態なら60%の状態なりに、今日一日の充実を心がけるようにします。小さな目標を設定し実行していくのもいいでしょう(「今に生きる」)。
(7)社会復帰が近づいてくるに従い、先を考えての不安を抱きやすくなります。しかしこの不安感は病初期の不安焦燥感とは性質が違います。「無事復職を果たしたい」という願いの裏返しであり、むしろいくばくかの不安を感じるのが自然な心情です。したがってこうした不安は無理に排除する必要はなく、一時の雨模様と考え、そのままにおくようにします。朝雨がいずれ上がるように、たいていは社会生活に戻り、日が経つにつれて不安は自然に消褪するからです(「朝雨に傘いらず」)。
(8)「仕事に戻るからには、今まで迷惑かけた分を取り戻さなくてはいけない」といった「かくあるべし」を自分に課している人は多くみられます。しかし「かくある事実」は病み上がりということです。負担軽減勤務など、軟着陸のために具体的な手立てを講じることが事実に即した態度です(「かくあるべしにとらわれず、かくある事実を受け入れる」)。

[回復の後にー再発予防の心得]
(9)病気をきっかけに以前の生活を振り返り、過労を避ける、自分自身の時間を確保するなどの無理のない生活態度に修正できれば、その後の健康の礎になります。まことに病むという体験を通して人は成熟するのです(「一病息災」「禍転じて福」)。

(10)再発を防ぐためには、病気に対する恐れをあえて打ち消さず、心のどこかに残しておいた方がよいのです。ことに初期症状がどのようなものであったかを覚えておくことが役に立ちます。もしもそのような初期症状が認められたら、まず思い切って2〜3日休む、予定を繰り上げて受診するなど早めの対処を行うのです(「喉もと過ぎても熱さ忘れず」)。

以上に解説した養生指導は一般外来においても実施することができますが,外来治療でははかばかしい改善が得られない人には,森田療法の入院治療によって回復過程をリセットするという手立てが切り札になることを付け加えておきます。
(東京慈恵会医科大学教授 中村敬)

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