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メンタルニュース

メンタルニュース NO.37

「神経質性格を生かす外来森田療法」:その3

  岩木久満子(顕メンタルクリニック 院長)

1.森田正馬博士(1874〜1938)

はじめに

現在、多くの森田療法家の中では、森田療法の創始は1919年とするのが定説となっています。 しかし、1934年10月の「神経質講義」で森田は「私がはじめて大正4年(1915年)頃からこの病の本態を発見して、ようやくこれを根治することができるようになったのであります。」と、森田療法の理論の完成の時期をはっきりと述べています。
つまりこの森田の肉声は、入院森田療法が完成した1919年よりも古い時期に森田療法が行われていたことの証であり、さらに1918年6月の雑誌『児童研究』に外来森田療法の症例が既に掲載されていることを考え合わせると、おそらく最初に森田療法の理論を用いて治療を行ったのは外来の症例であったのではないか、とひそかに想像しています。
筆者は、東京慈恵会医科大学附属第三病院の森田療法棟と鈴木知準診療所で、約10年間入院森田療法に携わってきました。
当時は、医局でも学会でも「森田療法の原形は入院療法である」という認識が常識であり、筆者も第三病院の入院森田療法を自分の森田療法の基本と考えていました。
1.イラスト1 そのため、外来森田療法を行うときも入院治療と同様に、「行動することで自然と症状のとらわれが緩み、改善する」という治療のイメージを念頭に患者さんの治療をしていました。
しかし、外来の患者さんへ森田療法を行う中で、治療の壁にぶつかるたびに、何をもって自分が森田療法をしているといえるのか、入院でも外来でも共通する森田療法の要素とは何かを悩み、現在まで試行錯誤しつつ研究を続けています。
今回は、現在の筆者がイメージする外来森田療法について示します。なお、提示する症例については、個人情報保護の観点から、本人とは特定できない形で、しかも症例提示の意義を損なわない範囲で、個人を特定する情報を改変しています。

森田療法における「治癒」とは

まず、森田療法を行ううえで一番重要なのは、治癒像の理解です。
西洋医学では症状が軽減消失した状態を治癒と考えます。
しかし、森田は「我々人間が生の欲望を追うには、すべからく苦楽の上に超越しなければならぬことを患者に懇々と教え諭さねばならぬ。もし普通神経質ないし強迫観念症で、単にその苦痛が去ったというだけでは、将来何らかの機会に遭遇して再発することは免れないところである。(『神経衰弱と強迫観念の根治法』より)」と述べています。
このように、森田療法では症状の改善消失だけの状態を「治癒」とはみなさず、あくまでも再燃再発のない状態を目指していきます。
では、どのような状態が治ったといえるのか、森田療法における「治癒」のイメージが湧きやすいように、ある患者の日記と森田の評を以下に示します。

…一か月半ほどの田園生活で得たものは、ただこの日記一冊に過ぎません。この数日で帰京しますが、私は何者(原文ママ)をも得なかったようです。神経質が全快したとは思われませんが、別に悲しくも心配でもありません。(これが全快です。何物をも得なかったのが大なる賜であります。もし君が予期した通り、人前で顔が赤くならないようになったらば、それは無恥堕落の人となり終わりましょう。もし君がある芸術心を満足したならば、それは玩具の人形のようになったでもありましょう。何物をも得なかったために、君は大なる力を得ました。それは君も知りません。唯君の将来に大なる抱負なる人生が開けました。只神が知っています。ああ神は讃む(ほむ)べきかな。)

文献:『神経衰弱と強迫観念の根治法』(森田正馬著・白楊社)

1.イラスト2 この日記のやりとりから伝わるのは、患者の、不安があってもそれを問題としなくなった態度、そして現在の境遇に従っていこうとする確かな決意です。
森田療法ではこの境地へ導くためにどのようなことを指導するのでしょうか。次の章では、この森田の評をもう少し深く読み込み、森田療法の治療の目標と治療内容について述べたいと思います。

森田療法の治療の目標と治療内容

前項で挙げた、患者の日記に対する森田の評は、森田療法の治療で重視すべきことと神経質者が陥りがちな問題が明確に示されています。 3つの点に絞って述べたいと思います。


  1. 人前で顔が赤くならないようになったらば、それは無恥堕落の人となり終わりましょう:
    これはつまり、森田療法では症状の消失を治療の目標にしないということです。神経質者の「症状の消失にこだわりやすい傾向」に対する指導が必要です。

  2. もし君がある芸術心を満足したならば、それは玩具の人形のようになったでもありましょう:
    これは患者や治療者の人生観の大切さを示しており、森田療法では「いかに現在に生きるか」を重視します。神経質者はどうしても「現実から離れ観念的に悩み続ける傾向」があり、この傾向に対する指導が必要なのです。

  3. 何物をも得なかったために、君は大なる力を得ました。それは君も知りません。唯君の将来に大なる抱負なる人生が開けました:
    これは森田療法の根治の姿について言及した言葉です。森田療法では自分のあり方を深くみつめ人間的に成長し、さらに苦楽を超越して生の欲望を発揮していけるようになれば再発しない、と森田は述べています。しかし神経質者は「自分あるいは本音を受け入れられない傾向」があるため、ここは治療の工夫が必要です。

以上の傾向に対し、筆者が行っている治療内容は以下のとおりになります。少しわかりづらい内容も含まれているかもしれませんが、ここでは紙数の問題から簡単な提示にとどめ細かい説明は省きます。


  1. 症状の消失にこだわりやすい傾向→筆者のアレンジした感情の法則(注1)により、症状や感情の流転消失を目指す。症状の成り立ちを理解し、症状をなくそうとする行動を止める。諦念。症状を自分自身の一部とみなしていくよう促す。

  2. 現実から離れ観念的に悩み続ける傾向→自己や生活環境など、事実・現実(限界)の中で「どう生きていきたいか」を考え、行動に生かす。現実的かつ具体的な生活の目標を立てる。

  3. 自分あるいは本音を受け入れられない傾向→神経質性格(注2)の理解と自覚を促す。個性の自覚、本音をみつめる。

(注1)筆者のアレンジした感情の法則
筆者の森田療法のイメージは漢方医学の治療イメージと重なります。それは、漢方医学では気・血・水が常に流れていけば健康な状態で、滞るとそれが様々な病気のもとになる、という考え方のイメージです。
このイメージは、鈴木知準先生の言われた「心がひっかかる」「心が流れない」という表現から得ました。
つまり、どのような感情が起っても流れて消えれば病気にならず健康な状態を保てますが、滞ってしまうと苦痛が長引いて、ついには症状のもとになってしまうため、いかに感情を流しやすくするかに工夫を重ねます。そして感情が心に残ることが減ってくると、自然と本来の知恵が働きだして人間的に成長していくようです。 元々森田の提唱した感情の法則は5つあり、筆者の外来ではそのうち2つを用いてアレンジした内容を伝えています。以下に筆者の用いている感情の法則をまとめました。それは、


  1. 我々の喜怒哀楽の感情は、通常起こるに任せれば(放任・なりきる)山形に曲線をなし、あるところをピークに徐々に軽減消失する(感情の法則1)。しかし、受け入れられない感情をなくそうとすると、ますます強く長く持続し苦痛の自覚は強くなる。
  2. 感情は同一の感覚に慣れて、その感情による苦痛は次第に弱くなる(感情の法則3)。
  3. 感情が流れて消えることを繰り返すうちに内なる知恵が湧く。
  4. の3つです。図示すると以下のようになります。


神経質性格

(注2)神経質性格
森田は自らを神経質(性格)だと述べ、その生き方は患者のお手本になりました。
神経質性格の特徴は「より良く生きたい」「自分を守りたい」などの生の欲望が旺盛で、「自己批判」「自分の体調や気分にこまごまと気づく」などといった自己内省が強い、という二点に大きく分けられます。
その特徴を生かせば長所になり、「人情味があって謙虚で努力家」の立派な人となり根本的に治癒する、と森田は述べました。
しかし神経質性格の特徴による苦しみから逃れようとすると、その苦しみが長引いて「症状のもと」になるため、森田は逃れようとする態度を短所という言葉以外に、卑怯だ・自己中心的だなどときつい表現で戒めました。 筆者は森田の文献から以下のように神経質性格をまとめました。

生の欲望


(注3)ヒポコンドリー

ヒポコンドリーについては諸説あるので、現時点での筆者の見解を述べたいと思います。
まず、ヒポコンドリーの語源を述べます。hypoは下で、chondorは軟骨であるので、ヒポコンドリーとは胸骨端の心窩部(みぞおち)を指します。心配、不安の時にここがモヤモヤすることから、ヒポコンドリーとは、本来ものを気にするという意味から起こった言葉です。
森田は「ヒポコンドリーとは、心気症すなわち疾病を恐怖する意味であって、人間の本性である生存欲のあらわれ」として、すべての人が持っている性情だと述べました。
しかし神経質者の場合は上記のように自己観察と自己保存欲が強いので、普通人にもあり得る自己の身体的精神的な感覚・観念を病的異常と誤って考える傾向(=ヒポコンドリー性傾向)があり、さらにその感覚や観念に執着(=ヒポコンドリー性基調)していたずらにこれを排除しようと努力するとますます精神の葛藤を起こし(=はからいと精神交互作用)、結果的に神経質(神経症)の複雑、頑固な症状を呈するようになります。 なお、森田はヒポコンドリー性基調を神経症の発症条件としており、神経質性格の者が発症しやすいのはもちろんですが、生来の神経質性格でなくても、ある機会からこだわりが生まれると病覚への執着が起りヒポコンドリー性基調に発展して発症する場合もある、と述べています。

文献:「神経質の本態と療法」 (森田正馬著・白揚社)

外来森田療法の手順と症例提示

外来森田療法を行う際に、筆者は以下のような二つの治療の段階を念頭に置いています。


  • 第一段階 ; 症状の消失のみにこだわる姿勢から症状を抱えつつ生活する方向へ
  • 第二段階 ; 生き方や性格上の問題を内省する

第一段階では行動を中心に指導をし、症状が辛いときには薬物療法で調節します。若い患者や病状の軽い人であれば、第一段階のみで治療を終結することもあります。また、より病態の重い患者には、薬物療法を用いながら、まず本人の感情・あり方を探るように心掛け、通常よりも治療の進み方をゆっくりしたペースで対応していきます。
第二段階では、現在および過去の生き方やあり方を振り返りつつ、どのように生きていきたいのかを考え実践していきます。
では、いよいよ治療の実際に入っていきましょう。症例を提示しながら解説します。

■症例Tさん 40歳 女性
Tさんは元々心配性でした。2年前の夏に体調を崩し、内科からの薬の副作用で無月経となり、以後服薬に対し抵抗を覚えるようになりました。
1.イラスト3 半年前に風邪をひき、不安ながら無理矢理薬を服用しました。その頃から一人で過ごす不安や服薬への恐怖、さらに服薬恐怖のせいで必要な治療を受けられなくなる不安が出現するようになりました。 日中を一人で過ごすことの不安から母親に来てもらったり、明け方に目が覚めて不安になると、夫を起こして背中をさすってもらったりなど、家族を巻き込んでいました。 しかし、毎日不安で泣いている自分の姿をもう子供に見せたくないと思うようになり、夫に付き添われ受診しました。

治療導入

私が治療の初めに確認していることは以下の4つです。

  1. これまでの経過を良く聞き取り、症状を把握する。
  2. 症状(または不安や緊張)を取り除こうとして、かえって悪化している、という悪循環をつかむ。
  3. 治療の目標を症状の消失ではなく、具体的な現実生活の改善(生の欲望を生かす)に置く。
  4. 外来か入院か、薬物療法を使うかどうか、日記を使うかどうかなどを決める。以上は治療導入後も常に変更の可能性を念頭に置く。

Tさんは元々心配性で神経質性格であり、昔から不安を一人で抱えることが苦手でした。そして、不安を受け入れられないので、その苦痛から逃れるために家族に確認をしたり、なだめてもらったりして対応していました。しかしそうすると、かえってその苦痛に注目しこだわるようになり、ますます感情や思考は滞り・悪化していき、症状へと発展して生活に支障をきたしたと考えられます。
Tさんのように、家族への巻き込みが強固な方は「不安を抱えながら行動する」という森田療法の指導には乗れないことが多く、しばしば入院治療が適応になります。そのため私はTさんに入院治療を勧めました。 しかしTさんは、「子供が可哀想なので、どうしても外来で治したい。薬は怖くて飲みたくない」と述べました。Tさんの意志は固く、そこに「何が何でも頑張って治すのだ」という強い意志が感じ取れました。
そこで私はTさんに対して外来の治療を受けるための条件を出しました。「私の課題をどんなに苦しくても実行すること。まずは夜中にご主人を起こさないこと。それを実行しやすくするための薬を処方します」と伝えました。
Tさんは「軽い薬なら飲む」と了承したので、軽い安定剤を処方しました。Tさんは服用を始め、夜中に夫を起こさずになんとか過ごすように心掛けました。

第一段階

症状の消失のみにこだわる姿勢から症状を抱えつつ生活する方向へ
その後もTさんは、「日中に不安になると夫の会社に電話をかける」「どうしても寂しくて不安で母親をつい呼んで夜まで引き留めてしまう」「大切なものがあると困るのでゴミ出しは主人にやってもらっている」などと語り、なかなかすぐに不安をなくそうとする態度をやめられませんでした。
しかし私から具体的に一つ一つ聞きだして、家族が困ることを優先してやめるよう促すと、Tさんはそれらの指示をまじめに守りました。家族への巻き込みも徐々に減って自ら家事を行うようになり、半年後には家事も育児も元通りやれるようになりました。
さらにTさんは徐々に行動を広げ、半年経つ頃には、ほとんど元の生活ができるようになりました。

第二段階

生き方や性格上の問題を内省する
Tさんは、発症前から生活のさまざまな行動に対する不安を抱えていました。たとえば、家事をしていても時間に追われ、間に合わせようと焦って家族にギスギスした態度をとってしまうため、何かにつけて間に合うだろうかといつもハラハラしていました。
また、初めての場所の訪問や遠出する前には不安が募るので、必ず夫に「大丈夫だよね?」と確認して行くなど、ちょっとでも不安を感じたら夫に確認を行わないと取りかかれないなど、家事を含め生活全般に不自由を感じていました。
ただ、これらの行動に対する葛藤は乏しく、「元々心配性なんです。もう薬をやめたいけど“安心感”があってなかなかやめられない」とTさんは苦笑いしました。
ある日の面接でTさんは、「娘の受験があり、その付き添いをする必要から練習のために夫と電車に乗ってみたら、怖いと考えすぎていたことがわかった」と語りました。
そこで私はTさんになぜ練習するのかを問いかけました。すると「娘に心配かけたくない。ちゃんとしてあげなきゃと思うからです」と答えました。そこで私は「子供のためを思う自分と、迷惑をかけるのではと不安になる自分の両方があなたであり、不安になる自分だけをなくそうとすると自己中心的な行動になってしまう」などと神経質性格を想定して説明しました。
するとTさんは目に涙を浮かべ「…良くわかった。そう、私はこれを消そうとしていたのです!」と語りました。 次の回で、Tさんは「前回の不安は、ママとしての役割ができるのか、という不安だった。もう練習はしていない」といつもよりも落ち着いた様子で語りました。その後は“行くべきか否か、行けるのかどうか”というよりも“行かないと事は始まらない”という意識が強くなり、面接もあっさりした内容に変化しました。
さらに遠出する前にしていた夫への確認は、「確認する必要がないから」とまったくしなくなり、忙しいときの家事の手抜きや物の整理なども、発症前より臨機応変に対応できるようになりました。Tさんと夫は元々よりも良くなっていると笑い合い、3年間の治療を終結しました。
では、この治療を先の神経質者の傾向に対する治療内容に当てはめてみましょう。
1.イラスト4


  1. 症状の消失にこだわりやすい傾向→私はTさんに家族への巻き込みを禁止、つまり感情や思考はそのまま放任して、家族のためにどのような生活をしたいのかを問いかけ、できることから取り組むように指導しました。「放任」とは、このように、症状や不安に対して何もせず浮かばせておく・放っておく・戦わない・諦める・なりきる・味わうなどの対応のことをいいます。そうすると感情の法則により、滞った感情や思考は流れて消えてしまいます。

  2. 現実から離れ観念的に悩み続ける傾向→「家族を思うTさんならばどう行動したいのか?」とTさん自身の思いに働きかけ、現実の生活から離れぬ範囲で「どう生きていきたいか」を考え行動に生かすよう促しました。

  3. 自分あるいは本音を受け入れられない傾向→(1)(2)を繰り返し体験することで、自分の感情や思考などを受け入れやすくなり、そのままみつめて徐々に自分自身を深く内省できるようになります。ほぼ病前の状態まで回復したある日の面接で、「子を思うTさん」と「不安をなくしたいTさん」の両方ともTさんであるから、片方だけをなくそうとせずしっかりと自覚するよう促しました。すると、Tさんは「自分はママとしての役割ができるのか」という当たり前の不安をなくそうとしていた自分に、ようやく気づくことができました。この面接を境に、自分の内面よりも外の現実に目が向かうようになり、受診前の状態よりもずっと自由になり生活しやすくなったのです。
1.イラスト2

外来森田療法のオプション—日記療法—

Tさんには使いませんでしたが、外来の森田療法における日記指導について、一般的な説明をしておきます。さまざまなやり方がありますが、私は以下のやり方をとっています。
まず、患者さんにノートを2冊用意していただき、書いた日記を治療者に渡します。そして次回の面接までに治療者は渡された日記にコメントを書き、患者さんはもう1冊のノートに日記の続きを記載し、次回の面接で互いの日記を交換する、という形式です。
日記の書き方は次のように指示します。


  1. 一日の終わりに30分以内で、多くともA5用紙一枚以内、短くても一行は書くこと。
  2. あらかじめ治療者のコメント欄を作る。(左側に横幅の約3分の1の位置に縦に線を引き、治療者は左にコメントをする)。
  3. 一日の行動を具体的に記載する。
  4. 感情や感想はある程度書いても良いが、繰り返さない。

日記療法のメリットは、治療者側では面接だけでは十分得られない情報を得られ、具体的に指導ができるので治療に役立ちます。
患者さんにとってのメリットは、治療者のコメントと自分の状態を繰り返し読んで確認できることと、記載の制限により強迫的な記載に歯止めをかける効用、自分が今どのような状態なのかを具体的に考えるきっかけになることが挙げられます。
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筆者の今後の野望

筆者は、神経質性格が決して古い概念ではなく、現代の患者さんにも大きく役立つ概念だと確信しています。 しかし森田先生の時代と同様に、なかなかきちんと世に広まっていません。 そんなジレンマがある中で、昨今はHSP(Highly Sensitive Person)(注4)という、神経質性格と一部重なっていると思われる概念が徐々に注目され、日本で受け入れられつつある現状をみると、やはり英語だとカッコいい響きだから広まるのか?神経質だと地味過ぎるのか?と、つい卑屈に考えてしまいます。 筆者の今後の野望としては、森田のいわゆる神経質性格を一般の人の教育や企業のメンタルヘルスにも生かせるような研究を行い、この日本人らしさ満載の神経質性格を世に知らしめたい!と強く願うのであります。

(注4)HSP:Highly Sensitive Person(ハイリー・センシティブ・パーソン)
1991年、エレイン・アーロン博士によって提唱された概念で、Sensory-Processing Sensitive(=感覚処理感受性/SPS)と呼ばれているもの。
その特徴は、生まれ持った正常な特性であり、一言で言えば、人一倍繊細な人という意味。
「考え方が複雑で深く考えてから行動する」「刺激に敏感で疲れすい」「人の気持ちに振り回されやすく共感しやすい」「あらゆる感覚が鋭い」などの主な特徴を持つと言われる。
参考文献:『ささいなことにもすぐ「動揺」してしまうあなたへ。』
(エレイン・N・アーロン著冨田香里訳・SB文庫)

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