海外活動

ジーン・リーベンバーグ先生への質問と回答

  1. 米国と日本とでは、心の健康に関する考え方に差があるとおもいますか?あるとすれば、どんな点でしょうか?

    日本における心の健康についての考え方に関しては、私はほんの少ししか知りません。日本に住んだこともなく、私の日本語の力では、日本語の専門的な論文を読むこともできないからです。

    でも、私の印象では、心の健康の考え方は、日米間であまり差はないと思います。両国とも心の健康とは、自分自身と社会環境、体内環境が作用しあいながらうまく調和している状態をさしています。

    さまざまな感情を体験したり、悩みや喪失体験に耐えたり、周囲の人々と親密な援けあいの関係をもったりする能力をもつことも、そこに含まれている点でも同じでしょう。

    けれども、心の健康のいくつかの要素の比重については、両国の間で差があると思われます。

    たしかに、どんな行動が適切かについては、日米両国で違いがありますが、それは、心の健康についての考え方の差というよりも、社会習慣の違いから来るものでしょう。

    ここ何年か、私は両国で話題となった日米の政治家や実業家について、日本の人々と意見をかわす機会が何度かありました。そして、いつも双方の見方が似かよっているという印象をうけたものでした。

  2. 森田療法を西欧社会で行うにあたって、何らかの修正が必要だと思いますか?

    外来、入院、いずれの場での心理療法においても、とくに修正を必要とせず、問題なく導入でき、効果をあげることができると思います。

    私は森田療法にかかわる年月が長くなるにつれて、その原法に益々ひかれるようになりました。

    昨年(1998年)10月、私は横浜相原病院で、「絶対臥褥」を体験する機会を得ました。その体験を通じて私は、森田療法はその目的、原理、構成が見事に不可欠に結び合されており、その奥の深さを知ることができたのです。この時の体験によって、私のその後の心理療法の内容は大きく変化しました。この数カ月、何人かのクライアントの治療にあたって、4段階で構成される入院森田療法の原法に立ち戻ってみました。そこで、一段階づつをじっくりと体験してゆきます。

    森田先生が目指した目標とは何だったのだろうか?その目標達成に向けてどんな環境設定や方法が採用されたのか?それら目標のうち、どれが自分に必要なものなのだろうか?それ以外の目標も、この原理を応用すれば達成できるのだろうか?米国の病院で入院森田療法が受けられない現在、どうすればこの療法に必要な環境設定ができるのだろうか?

    入院療法が不可能ならば、この療法に修正を加えなければならないのだろうか?

    別に知的な遊びで、こうした疑問を考えているわけではありません。実際に私達が自宅で、クリニックでつきあたっている問題なのです。

    私達の試みは始まったばかりですので、今のところ、その結果についてお話できる段階ではありませんが???。

  3. 米国では、生きがい療法、森田療法、内観、建設的生き方をひとつに結び付けている人々もいます。そして、ガン闘病中の人々に、この組み合わせで利用するように勧めています。ガン患者が建設的生き方や内観を行うことについて、どうお考えですか?

    私は、ガン闘病者に内観が効果があるかについては疑問に思っています。

    誰でも病気や治療の為に仕事や家庭での役割を継続できなくなると、恥ずかしく思ったり、腹が立ったり、絶望的になったりしやすいものです。周囲の人々は本人の為に沢山の手助けをしているのに、本人は何のお返しもできないと感じてしまいがちです。

    私が理解しているところでは、内観では、人生の始めにさかのぼり、これまでの全生涯にわたって、周囲の人々からお世話になったことを振り返ります。たしかに、これは非行少年や犯罪者など一部の人々にとっては、自責の念を覚えたり、恥ずかしくなったりして、それなりの効果があるでしょう。でも、ガン患者の大部分には効果がないと思います。

    ガン患者は周囲の人々にしてもらったことの大きさに対して、自分ができたことの少なさを比較したりしなくても、今置かれている限られた条件のもとで、周囲の人々の為に役立つよう、力を尽くすことができるからです。実際、ガン患者が周囲の人々のために行う「一寸した親切」の素晴らしさには、しばしば驚かされるほどのものがあります。

  4. 森田療法や生きがい療法を学ぶにあたって、一番困難だったことは何ですか?

    それは、私が日本語が分からないことです。

  5. 米国社会では、行動より言葉を重視します。だから、講演をする人は、ゴミ収集業者(行動している人々)よりも高給を取ります。でも、ゴミ収集業者の方が地域住民の役に立っていると誰でも思っていることでしょう。また、講演をして自分を売り込む機会の多い人は、実際は、もっと良い仕事をしているのに、それを話す機会に恵まれない人よりも、高い評価を得る結果となっています。言葉よりも行動を重視する森田療法は、こうした社会の価値観と矛盾してはいませんか?

    ご質問は確かに、私達米国社会の代表的な考え方で、面倒な問題だと思います。でも、森田療法の実施の支障にはならないと思います。なぜなら、森田療法は実際の環境にうまく適応することを勧めているからです。仕事の上での発展や経済面での成功を得るために、自分を売り込むことが必要だとすれば、それも森田療法に反するわけでは無いと思います。内容的に重要な仕事をしつつ、その仕事をうまく売り込むことに成功している人々もいます。この両方向の努力は互いに相矛盾するものではありませんが、実際には両方向の技能にたけている人は数少ないかと思います。

  6. 今日の演者の皆さんは、それぞれに論旨明快で、表現力に溢れておられます。皆さんと違って、知性や表現力に乏しい人々の場合も、森田療法でうまくやってゆけるのでしょうか?森田療法だけで効果があるのでしょうか?内面世界を取扱う治療も行わなくては、再発してしまうことはないのですか?

    森田療法は生き方の治療法です。生き方ついて語る治療法ではありません。体験から発した生き方の変化と深い学びは、言葉から発したものよりはるかに優れているのです。

    おしゃべりが不得手な人であっても森田療法の原理を実行することで大きな利益が得られます。それは、本来体験を通じた方法ですからおしゃべりの苦手な人に対しても生き方や人生をさらに建設的で有意義なものに変えていくことができます。ときには、本人が自分の変化を頭の中では自営することは無いとしても、です。

    でも、森田療法はしっかりした判断力と現実に適応する力量を必要としますから、私は、知的発達障害や妄想をもつ人にはあえて試みてはいません。

  7. この講演会の聴衆の40%はガン患者にかかわる仕事の人々だとのことですが、それは大変興味深いことです。伊丹先生は質問への回答で、なぜ森田療法がガン患者に特に効果的であるかを話されました。私は、森田療法が有効とされる神経質、神経症やガン患者以外にも、効果のある患者層が存在するのではないかと思いますがいかがでしょうか?

    私は、森田療法は生命を脅かす各種の疾患や慢性的難治の病気や心身症の人、病気になることを心配している人、薬物依存の人、劣等感をもった人々、解雇や不本意な配転にあった人、生き甲斐の見いだせない人々など多くの人々に役立つと思っています。

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