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岡本常男先生への質問と回答

  1. 先生の場合、森田療法のどういう点が、とりわけ助けになったでしょうか?

    (1)私は長年、胃腸が悪いと思い込んでいたが、森田療法の本を読んで「器質的な病気でなく、胃腸に対する心のとらわれによる執着からおこる」というメカニズムをは っきり理解し、納得できたことです。

    (2)神経質性格の人の特徴と、その共通した長所と欠点がわかったことです。

    (3)森田療法の本を繰り返し読んでいるうちに、自己洞察が深まり、客観的な自分が少しずつ見えてきたことです。(会社のために、いちばんよいと思って私は、「かくあるべし」でがんばって行動していたが、実は「人によく思われたい」という気持ちがあって、「ひとからよく見られるような行動をとっていた」ことに気付いた。また、妻 や子供達に対しても、自分のメンツを考え、相手の立場や思いやっていなかった点も反省できたこと。)

  2. 戦争のご体験や神経症に起因する長期間に及んだ栄養失調にもかかわらず、たいそうお元気で、朗かで、楽天的で、若々しいことに驚いています。このことは、どうして達成できたのでしょうか?先生は菜食主義者ですか?何か特殊な訓練法をなさっていますか?

    (1)神経質性格の良さの一つに、「“生きるうえでの欲望”が強いこと」があげられています。それに加えて負けず嫌い、意志の強さと努力の継続が良い結果を生んだと思います。(シベリアでの捕虜生活のとき、「もうダメだ」と帰国をあきらめた人から死んでいきました。)

    (2)“行動が性格を変える”と森田療法で学び、それを実践してきました。本質的なものは変わりませせんが、少なくとも第三者から見ると大きく変化した‥‥と映るようです。

    (3)菜食主義ではありません。何でも食べるようにしています。

    (4)気功体操と、毎朝30分のジョギングをしています。

  3. 森田療法で人生に大変革をもたらされましたが、先生の周囲にいる人々も変化が見られたでしょうか?別の表現をすると、先生の内面の変化に影響を受けて、他の人々も自己の態度を以前よりも客観的にとらえて、それを改めたでしょうか?

    (1)率直にいえば、NOになります。ただし、生活の発見会などで、講師や講演をしています。 それに著書もありますので、参考になったという意見はよく聞きます。

    (2)私の胃腸神経症の話を聞いて、そのとおり実践し胃腸神経症を克服した人は、数人知っています。

  4. 第二次世界大戦によって、先生と祖国がこうむった大変な体験に対して、森田療法はそれを許したり、受け入れたりするのに役立ったのでしょうか?もしそうなら、具体的にお教えて下さい。

    私が神経症に陥ったのは、シベリアから日本に帰国して37年も経ってからです。すでに当時は、日本経済も奇跡といわれる復興を遂げていましたし、私自身も大企業のトップとして活躍していました。したがって、戦争または捕虜生活による心の傷はまったくありません。つまり森田療法とは関係なしです。

  5. 他の人に援助の手を差し伸べてこられた体験の中で、森田療法では救われなかった人に出会われたことがあるでしょうか?

    (1)もちろんあります。森田療法が効果をあげる神経症は、“生きるうえでの欲望”が強く、人生についても「かくありたい」とうい理想をはっきり持っている人の場合と言われています。

    (2)神経質性格でない人や、豊かさの中で過保護に育って、生きる上での意欲の乏しい人がいるのも現状です。むかし森田正馬博士は、診断鑑別に力を入れて、森田療法で効果のある人かどうかを、しっかり見極めて入院を許可されたと伝わっています。

  6. 貴財団は森田療法以外の精神療法の研究も援助していますか?

    ウェイトは低いですが、やっています。

  7. 自分が教授としてまた企業の経営者としての立場からお尋ねします。先生のご経験を通じて、会社というものが従業員に対して、「仕事と家庭、願望と満足」のより良い均衡を維持することに役立つことができるでしょうか?私の感触では会社自体が先生が述べられたような神経症を作り出しているのではないかと思いますが、いかがでしょうか?

    (1)私はいま、主に公益財団法人メンタルヘルス岡本記念財団の仕事をしています。これは、神経症の人に役立つための、いわば奉仕の仕事です。活動の必要経費は、同財団または私自身が賄っています。このようなボランティアの仕事は、役割上の矛盾は少ないものです。

    (2)会社の経営は、(1)とはまったく異なります。会社というのは、提供する商品、ないしはサービスの価値を高め、激しい競合の中でシェアの拡大を目指しています。そして従業員が安心して働き、生活を維持していける給料を支払って、なおかつ収益を上げていかなければ存続できません。経営にはこういう、矛盾と対立があります。ですから、そこをどうバランスをとっていくかが経営者の手腕になります。私自身、経営者として自分なりに最善の努力 はしてきたつもりですが、従業員からみれば、会社が神経症をつくり出すようなことをしている‥‥と思ったでしょう。結局のところ、従業員も会社側も、お互いに選択の自由があるのですから、自分が納得のできる条件のところで働くよりほかはありません。

  8. 日本では精神疾患歴を認めると汚点となることがありますか?もしそうなら先生が心身症をおおやけにしたことが原因で仕事上何か問題を生じませんでしたか?

    (1)通常のサラリーマンは、人に知られることを極度に怖れます。たとえば大会社で、社内にカウンセリングルームを設置している場合でも、外部の精神科クリニックなどを利用する人が多いものです。

    (2)私の場合は、大企業の副社長であり創業者の一人です。それに大株主でしたので、知られても損失になることはありません。そこで、私の体験が人の役に立てればと思い、著書(『自分に克つ生き方』ごま書房)として公表しました。

  9. ご経験をお聞きしているうちに、森田療法が摂食障害に苦しむ人々にも有効ではないかと思い始めました。そうした患者達に対して森田療法が施されたことがあるかどうかご存じでしょうか?

    森田療法を応用して治療した症例を聞いたことはあります。詳しくは森田関係の医師(たとえば伊丹仁朗先生)にお聞き下さい。

  10. 中国でなさっている先生のお仕事についてもう少し詳しくお教えて下さい。日本の森田療法の治療者は、中国の精神科医に森田療法の研修を行っていますか?中国の医師(まはソーシャル・ワーカー)は森田療法を受けるために日本へ行きますか?

    (1)森田療法の図書(単行本)の中国語訳出版は、10冊になります。

    (2)中国心理衛生協会の主な先生、一流の精神科医などによる、日本での森田療法施設の見学や研究交流を行いました。また留学研修生として、約10人の精神科医を日本に招きました。(日本の森田療法施設が少ないこと、研修費用が私個人の賄いになるため、現在は中止しています。代って、いま中国国内での研修が始まっています。)

    (3)大原健士郎先生または森田関係の精神科医と、すでに20回以上の中国での講習会、講演会を実施しています。

    (4)中国森田療法財団の準備開設、その役員の任命などを行いました。

    (5)前記(4)の事務所と森田療法診療所を、北京に開設しました。

  11. ニューヨークでは、中国人が日本人より人口の点で上回っています。中国人と日本人は、互いに極めて異なっているように思えます。森田療法が中国人にも効果を発揮するために、療法に変更を加えるとか提示の仕方を変更する必要があったでしょうか?

    (1)中国人と日本人は異なるところの多い反面、同じ東洋人として共通する面も多数もっています。つまり日本は、7世紀頃から中国の学問と文化に学び、現在でも老子、荘子、孔子など書物に多くの人が親しんでいます。東洋における自然と人間の一体観、自然に対する畏敬、心身一元論、仏教への信仰などが、それです。とくに、人間の生き方の根本思想は、ほとんど中国文化から学んだものです。その意味で、森田療法の源流は中国にある、と言えるでしょう。(英語で、森田療法のキーワードである「あるがまま」を正確に伝えるのは、むずかしいことです。しかし、同じ漢字を使っている中国では「自然順心」と書けば、その核心はただちに中国人に理解してもらえます。)

    (2)とくに、変更を加える必要はありません。すなわち、森田理論の基本だけはしっかり伝えて、具体的に治療法については中国の先生に任せる、という方針をとりました。

  12. 近い将来において、貴財団の活動がどういう方向へ進むことを期待されていますか?研究が期待される何か特定の領域はありますか?森田療法を紹介したい特定の国がありますか?

    (1)中国で、「神経症治療には森田療法がいちばん良い」と評価を受けるような普及発展をしてほしい、と願っています。

    (2)日本における森田療法の普及は、国の行政(国立医科大学など)では無理なので、民間で裾野をいかに広げていくか。たとえば、メンタルヘルス岡本記念財団と生活の発見会が核となって、森田療法の良さを社会にPRしていきたい。(将来は、日本語と外国語のインターネットが大きな武器になる、と思っています。)

    (3)私の夢かもしれませんが、世界の健康教育のなかに森田療法の理論を取り入れていけば、人類にとってはかり知れない貢献になる、と考えています。

    (4)生活の発見会の組織を、世界的に広げていくことです。おそらく世界でも、この組織ほど成功している“神経症の自助グループ”は他にないと思います。

    (5)医療費の高騰は目を覆うばかりです。私は30年以上も胃腸が悪いと思い込み、薬を飲み続けてきました。神経症が原因で、どれだけたくさんの人々が悩み苦しみ、高い医療費を払い続けていることでしょう。

  13. わが国では、英語で描かれた森田療法の教材を入手することが困難です。見つけることができるものといえば「建設的生き方」についての物だけですが、森田療法とはかなり違います。岡本記念財団は将来、岡本先生、大原先生、伊丹先生などが著された書籍を翻訳する構想をもっておいででしょうか?このことに私は大きな関心を抱いています。また、アメリカの患者の学習に適したアメリカ人の手になる本も読みたいと思っています。

    現在までに英訳出版されているのは、

    ・高良武久著『どう生きるか』(SUNY出版)

    ・森田正馬著『神経質の本能と療法』(SUNY出版)

    があります。また、公益財団法人メンタルヘルス岡本記念財団では、英文によるインターネット・ホームページを開設しています。[https://www.mental-health.org/]日本語のホームページには、1と月に数万件のアクセスがあります。英文のほうは、さきごろ始めたばかりです。

  14. 今回の講演会は、日米交流のすばらしい出発点となりました。今回の講演者と主催者方々が相互交流と協力関係の次の階段へ進まれることを念願しています。次の階段の計画をお考えでしたらお聞かせ下さい。

    (1)アメリカの医療機関のプロフェッサーより森田療法の翻訳出版の助成申請があれば、いくらか援助の可能性はあります。(財団、松田専務理事に問い合わせのこと)。現在のところ他に計画はありません。

    (2)今回の講演会を評価していただき、感謝しています。しかし今回の費用の大半は、私とリー ベンバーグさん、そして諸先生の個人出費で賄われました。したがって、このような形での相互交流のイベントは今後、むずかしいと思います。

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