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症状別アドバイス集

普通神経症の部屋

「良き娘婿とは?自分の心に素直になれたら」 '17.6 

Tさんは、胃腸炎をきっかけに3ヶ月間で10キロも痩せられたということは、たいへんな苦労があったのだと思います。日々の診療でも、ストレスが胃腸症状に出る患者さんによく出会います。Tさんは奥様と義理のお母様との関係の中で悩んでいらっしゃるようですね。なかなか難しい問題でありますが、奥様と義理のお母様の関係は長年培われてきたもので、そう簡単に変わらないかもしれません。共依存と表現されている状況は必然だったのかもしれません。Tさんは良き娘婿であろうと懸命にがんばってきたのだとお察しします。

良き娘婿とはいったいどのようなものでしょうか?Tさんは、家族と共に本当はどのように生きたいのでしょうか?おそらく、胃腸症状が強く出ているということは、自分の気持ちと、“かくあるべし”が大きく解離しているのではないかと思います。

一人で悩むことは時に思考の幅を狭めます。奥様に、“自分はこうありたい”という気持ちを一度率直に話してはどうでしょうか?奥様はTさんのことをどう思っているのかも気になります。奥様と話し合うことが難しければ、ご友人、カウンセリング、精神科や心療内科の受診といった方法もあります。

“自分はこうありたい”に近づこうとし過ぎて、車のお抱え運転手になり、かつ仕事をされて無理がたたり、その信号として胃痛、胃のもたれといった症状が出てきたのかもしれません。つまり、これらの症状が出たということは、ご自身への“無理しすぎ”のサインとも取れませんか?それだけ無理をされれば様々な体の症状が出るのはむしろ当然と言えます。ご自身の生活スタイル、妻や義母へ無理をしているところを少しでも“緩める”ことが大事な気がいたしますがいかがでしょうか?

すべてが丸く納まるということはないかもしれませんが、人生の主役はTさんです。もう一度、自分の素直な気持ちを掴み取ってください。今回のご投稿がその一歩になれば幸いです。
(鈴木優一)

「体調や病気に対する不安は、生きたい気持ちの証」 '17.5 

Bさんは、息苦しさに悩んでいるとのことでした。内科で検査をしても異常はなく、元々軽い喘息があるため窒息しそうな恐怖感からますます息苦しさが増し、仕事も辞めることになってしまったそうです。また、お子さんの病気(その後完治)やご主人のケガなどが原因で病気に対する恐怖心が強まったことがきっかけと振り返っておられます。

確かにお子さんの病気は心配ですし、重ねてご主人も手術となると心労は相当なものだったことでしょう。

体調不良は不愉快なものですし、ましてや理由がわからないとなると、体調不良の原因や改善策を探りたくなってしまうものでしょう。しかしそうなると、どんどん自分の身体の状態に注意が向き、些細な変化もチェックするようになってしまうので、身体もそれに呼応するように敏感に反応してしまいます。とはいえ、「気にしないように・・」「自然に・・」と考え方を工夫しようとしても、それもまた難しいものですね。つまり、身体の調子にしても考え方にしてもなかなか思い通りにはならないということです。逆にそんな中でも本を読んだり、絵を描いている時には苦しさを忘れている・・・といった経験をされているのは、重要なポイントになります。他の方も指摘しているように、注意が身体から離れて目の前のことに向いていると苦痛が生じないということですね。

病を恐れる気持ちはとても自然なことです。それは健康で、安全に生活したいという気持ちの証だからです。息苦しさの恐怖心はすぐには無くならないかもしれませんが、それがあっても何とかなる・・・という経験を積み重ねることによって、失っていた“自分自身への信頼”“自分の身体、健康さへの信頼”を少しずつ取り戻していくことが大切でしょう。息苦しさへの不安をあえて忘れようとする必要はありません。怖いものは怖いし、嫌なものは嫌なのです。ただ、その中で何とか「出来たこと」は流さずに、「やれたね!」と褒めてあげましょう。最近の書き込みでは、安定剤を飲むことで(飲めるという安心感も含め)動きやすくなっているようですね。今は、薬を補助輪として使いながら、ご自身が少しでも「いい一日だった」と思えるように過ごしてみましょう。その際には、あくまでも体調の安定ではなく、今日一日の過ごし方、同じ一日なら何をしようか・・と考えてみると良いですね。ウォーキングにしても、絵を描くにしても、呼吸を忘れるためにやるのではなく、実りある一日にするためにやるのです。森田は「治そうと思う間は、どうしても治らぬ。治すことを断念し、治すことを忘れたら治る」と言っています。つまり、気になることを取り去ろうとしている間はそこに注意が向いて、逆に意識してしまうということを示しているので。とはいえ、断念するのは難しいでしょうから、「治す」ことをちょっと先送りにしてみましょう(すぐに・・・ではなく)。そして、まずはBさんも書かれているように「色々織り交ぜて・・」少しでも良い一日になるように工夫してみたらどうでしょうか。いずれ、“かさぶた”がいつの間にか取れていることに気づくように、自由に動けている自分に気づくと思います。
(久保田幹子)

「やり続ける事で先が見えてくる」 '17.4 

Rさんの書きこみを読ませて頂き、力強さを感じました。レンタルビデオ店での出来事ですが、悔しい気持ちを持って戻ってきたり、車の中で記入したりなど、何とかして目的をはたそうとする逞しさがあります。回避することは簡単ですが、あえて簡単な道を選ばず乗り越えようとしています。

コメントの中にもありましたが、回避すれば回避するほど人間はさらに恐くなってしまうのです。震えようが、店員さんにどう思われようが、自分のやるべきこと、やりたいことをやりとげた今回のような体験を増やしていってください。同様に不安と共に行動できた体験を重ねていくと、不安を多少感じてもそれほど気にならずに行動できるようになっていくのです。

当院で森田療法の入院治療をした患者さんが退院の時にこのように話していました。「気分の善し悪しと実際出来たことの結果は関係していなかった。どんなに調子が悪くてもできたことも多かった」と。この言葉は、私たちに「必ずしも良い状況でなくても、やり続けることで先が見えてくる」という希望を与えてくれます。

最後に、「子供の習い事を一緒に体験しに行かないかとママ友から誘いがきている」と書かれていましたね。その時にパッと感じた「行きたい」という思いが大事なのです。失敗したり、恥をかいたとしても「やりたいこと」をやることこそ、人生に輝きを与えてくれます。Rさんの中に、よりよく生きたいという克己の姿勢が認められました。その気持ちを活かして「やりたいこと」を避けずに実現していってください。強さ、逞しさを持つRさんならできます。健闘を祈っています。
(石山菜奈子)

「書痙について」 '17.3 

Jさんは以前も時折手が震えることはあったものの、3年前の単身赴任以降、書痙の症状が急激にひどくなり、この1年半ほどは自室で一人書類に記入する際も緊張して手が震えてしまうとのことです。手の震えの原因は色々あるにしても、震えをより気にするようになった背景には自分がどうありたいかという思いや対人場面への身構えなども関係しているのかなと思います。3年前が大きな転機ということで、家族や慣れ親しんだ場所を離れたことに加え、転勤で職場の雰囲気や仕事の内容、役職が変わられたといったような変化もあったのでしょうか。手の震えを意識してしまい、同じことにならないようにと努めれば努めるほど手が震えてしまうというのは辛いですよね。

森田先生は退院患者さんを対象に開いていた「形外会」で何度か書痙についてお話されています。その中で何度か登場するのが山野井さんという方です。この方は書痙の背景に、対人恐怖もお持ちでした。森田先生のところに入院して40日間作業をとにかくやって、退院の頃にはあまりよくなった感覚がなかった。良くならなかったので会社を辞めたかったが、森田先生に会社に戻らねば治らないと言われてしまい、恐る恐る重役に面会に行くことになった。その際、重役の部屋に入るまでは不安でたまらなかったのに、一言二言話すうちにすらすらと話すことができ、初めて入院の効果に気付いたとのことです。その後書痙も改善していきました。森田先生は山野井さんの改善のメカニズムをこう分析しています。「退院時に思い描いていたようによくなっていなかったことで、ご本人には森田への恨みの気持ちがあっただろう。しかしこの恨みと同時に一方にはむしろもう治らぬものと覚悟し、捨て鉢になった時に初めてここに心機一転の時節が到来したのだ」。

Jさんの「絶対乗り越えます」には強い意志とガッツを感じます。その力を(もうそうされているかもしれませんが)手の震えを止めることそのものよりも、仕事や生活で必要なやることを進めていくことに向けていただけたらと思います。手が震えないようにと思ってしまう気持ちは我々の心の自然ですから、その気持ちはそのままに。でもできる範囲でやることをやる。森田先生は「(手が震えないようにと)はからう心はそのままに、ただペンの持ち方は自分の心持のよいように持ちかえるのでなく、必ず正しい持ち方をして、字は震えても不格好でも遅くとも読めるように、金釘流に書くということを忘れさえしなければよい」と述べられています。震えが気になる裏にある自分の気持ちや考えについて、カウンセラーの方とともに振り返り理解しながら、日常生活はこのように送っていただけると良いかと思います。また体験フォーラムでもその後の様子を教えてください。
(今村祐子)

「身体の症状と付き合いながら」 '17.2 

Kさんが頭のふらつきや頭重感、身体の揺れに困っています。心理的ストレス場面で強まるようです。家に閉じこもって横になっているとめまい感が強くなるようですが、病院で検査しても特に異常はないと言われたとのことです。薬を飲むにも(耐性が出来て効かなくなった際には症状に苦しむのではないか)との不安があり、薬をやめようとしたところ、身体のグラグラ感から横になってもいられず、生活自体が出来なくなってしまったとのことです。

眠っている間は頭重感は生じないのは、寝ている間は症状に意識を向けないからだと考えます。「症状を書くほど治るのが遅れる」というのは、書くことにより症状に視点を向けることで「精神交互作用」により症状を強く感じるようになるため、そういう治療姿勢にならないように述べられたものだと思います。

薬の内服を「はからい」と書かれていますが、主治医の先生と相談して内服しているのであれば、決して「はからい」ではありません。セニランによって頭重感は和らぐとのことですので、「また症状が出るのではないか」と常に気にする状態でいるのでなく、まずは薬を定時に飲むようにして、出来ることから行動してみることです。また、その取り組みのなかでもし症状が出た場合にも、(きちんと定時薬を飲んでいるので)すぐに頓用薬で対処しようとするのでなく、症状を感じつつも出来る範囲でやってみることをお勧めします。

「死んでも構わないという開き直りの心境になれない」とのことですが、誰もが森田先生のように思える訳ではありません。焦らずやって行きましょう。
(矢野勝治)

「とらわれにくくするために…」 '17.1 

Aさんは約2年前に回転性めまいをおこし、耳鼻科、カイロプラクティックで加療されましたが、思わしい改善はありませんでしたが、現在はリハビリを続けていらっしゃいます。めまいは気持ち悪くなったり、立っていられなくなったりなどの症状も伴いますし、本当に辛かったと思います。その中で良く頑張ってリハビリを続けていらっしゃいますね。その甲斐もあって、大きな発作は起きなくなっているとのことですね。めまいに対しては自律訓練法も有効な方法だと思いますが、Aさんは「とらわれやすい性格」とのことですので、森田療法的な考え方・方法も役に立つと思います。

めまいは不快ですので、「なんとかなくしたい」という気持ちは良く分かります。ただ、とらわれやすい人が、めまいそのものをどうにかしようとすると、「今、めまいはしていないかな」「今日、めまいはでないかな」「外出しても大丈夫かな」などと考えがちで、どうしてもめまいに注意がいってしまいますね。その結果、自分自身の身体に注意が向いて、自律神経が乱れてめまいをおこして、さらにめまいが気になって、と悪循環になりがちです。ですから、「めまいをなくす」ということに力を注ぐよりも、「日常生活を豊かにする」という所にエネルギーを注いでいくことをお勧めします。めまいのために、あるいはめまいへの恐怖のために本当はやりたかったのに、できなくなってしまった、もしくはやらなくなってしまったことはないでしょうか。どんな些細なことでも構いません。Aさんがやりたいこと、やってみたいこと、少しずつ手をつけていきましょう。今の生活を充実させていくことが、とらわれにくくするコツです。是非とも頑張って下さいね。
(谷井一夫)

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