メンタルニュース

メンタルニュース NO.31

森田療法の考え方


1.はじめに

森田療法には、かつては、慈恵医科大学の“一家相伝の秘術”という雰囲気があったように思います。私が精神科になった30数年前にも森田療法に関する資料や解説書は沢山ありましたが、それらを読むだけでは森田療法の神髄に触れたり、治療技術を習得することはできませんでした。他の治療法のように治療モデルがあるわけではありません。治療手技の理論化がなされていませんでした。
これが森田療法を“一家相伝の秘術”と感じた最大の理由です。
ですが、10数年前、私は機縁を得て故大原健士郎先生の後を継ぐことになり、森田療法に深くかかわるようになりました。言うまでもありませんが、大原先生は森田療法の第一人者でした。浜松医大と関連病院では森田療法の多数の専門家が活躍していました。私は彼らに森田療法を学ぶ機会を設けてもらいました。毎週勉強会を開いてもらい、多くの議論をしました。大抵は私が一方的に質問し、その疑問に応えてもらいました。
私がもっとも知りたかったのは森田療法の治療理論でした。勉強会を設けてもらう前、実は、私は最初の教授回診で、明日退院するというある青年から森田療法の優れた治療効果を教えられていました。私は今でもその情景をありありと思い浮かべることができるのですが、その青年とは北陸から来ていた予備校生で、パニック障害に苦しんでいたと記憶しています。
彼は「大丈夫です。症状はありますが、症状をもったまま勉強します」というのです。
症状は良くなってない(症状はあります)。しかし、それにもかかわらず、良くなった(大丈夫です、症状をもったまま勉強します)とは一体どういうことなのだろうか。こういった衝撃的な経験もあって、ぜひとも“一家相伝の秘術”の治療理論を学びたかったのです。
色々と学んだ結果、森田療法には、いわゆる“治療理論”はないことを知りました。確かに、東洋の英知に基づく優れた治療法であるのは間違いがないのですが、理論的な治療体系がなかったのです。
そこで、私たちは2年間の勉強会を通して、誰にでも分かるような浜松医大なりの治療理論を作りあげ、また、多少の工夫を加えました。その後も治療上の工夫を常に行っていて、最近は“森田の追体験療法”を行っています。
これは、森田療法を受けて軽快退院しても一年後や二年後に再入院してくるケースに対し、二〜三か月に一度、数日間の入院で森田療法の重作業期を追体験させ、症状の再燃を防ごうとする試みです。今のところ、当事者のみならず家族からも高い評価を頂いています。

2.行動分析学/機能解析学と森田療法

さて、この数年、認知行動療法がわが国で大きな広がりをみせています。認知行動療法は森田療法と基本的には同じです。ですが、森田療法よりも認知行動療法の方が一般的です。これは、森田療法とは違い認知行動療法には治療モデル(治療理論)があり、しかも、そのモデルは行動分析学という近代心理学の学習理論を基礎にしているからに他なりません。
森田療法は行動分析学という学問の成立以前に完成した心理療法です。しかし、行動分析学により見事に説明できます。そのことを思うと、森田療法はまさに“天才の技”であったと思います。

そこで、森田療法と行動分析学の関係について述べたいと思います。最初に行動分析学についてわかりやすく説明してみましょう。
人間の行動には常に「何らかの意味」があり、この「何らかの意味」は大変複雑で容易には解き明かすことのできない、こころの動きから出来上がっています。それを研究してきたのが古典的心理学で、その代表が精神分析学です。精神分析学に立つ従来の心理療法ではまず、こころの奥底にある(本人さえも意識していなかった、成長過程に作られた)こころの悩みや傷を探し当て、それを修復しようとします。
この治療法には長い歴史がありますが、効果はあまりありませんでした。それを強烈に指摘(否定した、と言った方がいいかもしれません)のが森田でした。しかしながら、これはあくまでも私見ですが、この当時の森田療法の弱点はその治療体系を支えるべき治療理論がなかったことにあると思います。
ですが、戦後、アメリカを中心に精神分析学を克服しようとして新しい心理学が勃興してきました。それが行動分析学です。人間の行動を推測にすぎない「何らかの意味」によって説明するのではなく、あるいは、「何らかの意味」を探るのではなく、客観的に明らかにできることだけで人間の行動を説明しようとしました。これが行動分析学なのですが、このような考え方や見方は現代社会のいたるところでみられます。
たとえば、戦前は人間の行動を鼓舞するのに精神論が持て囃されました。
つまり、人間とはこうあるべきだ、だから、このようにしなければならない、という考え方です。戦後はそのような考え方をする人はあまりいません。たとえば、人間は働くべきだから働くのではなく、お金が欲しいので働くとか、家族を養うために働くとか、色々です。ですから、給料をあげればより働くし、家族が増えれば一層頑張るのです。
これが行動分析学による説明です。な〜んだそんなことか、と思うかもしれません。それほど、行動分析学という考え方は人間の行動によく合致した心理学なのです。森田療法とそっくりではありませんか。別の言い方をすれば、森田療法は本来、人間の自然な行動に大変よくあっているのです。
行動分析学の基礎を作ったのはスキナーという心理学者です。彼はある有名な実験を行いました。箱にマウスやラットを入れてレバーを押すと餌が出てくるようにすると、何度もレバーを押すようになります。しかし、餌が出てこなければレバーを押さなくなります。これをオペラント学習といいます。オペラントとは実際にやってみる、というほどの意味です。
たとえば、水族館ではイルカショーをよくみますが、ある芸を仕込むときに餌を与えます。犬やサルに芸を教える時にもそうします。このように、繰り返しやってみて、うまくいったらご褒美を与えるという方法はごく普通に行われていますが、このオペラント学習を基盤にして発展したのが行動分析学で、ここから神経症に対する行動療法が発展しました。(注、図1)
そして、症状がでる場面については生きている以上は避けることができなので、(操作可能な)外出できなくなった、という事実の改善に努めます。簡単に言えば、すこしずつ慣れていくようにトレーニングします(図2)。
まるで、絶対臥褥、軽作業期、重作業期、生活訓練期と進めていく森田療法そのものではありませんか。因みに、森田療法では症状が良くなることが治療を受けている人には嬉しいので(症状の改善そのものが報酬なので)、動物に芸を教える時のような報酬は必要ありません。
以上を要約すると、こころの悩みはコントロール困難なので、自分の意志で(あるいは、訓練で)コントロールできる行動のパターンをかえようということです。つまり、気分本位を脱して行動本位に生活しようという森田療法の原則そのものが行動分析学の基本です。
まるで、森田療法を基本にして出来上がった心理学のようです

3.森田療法と認知行動療法

この文脈をさらに展開すると、この心理学をもとに認知行動療法ができましたので、認知行動療法は森田療法を基盤に出来上がったということができます。
無理な論法のようにみえますが実はそうではありません。認知行動療法には森田療法に酷似する鍵概念や技法が多数見られるのです(図3)。
最近の認知行動療法は森田療法そのものといってよいほどです。不安の解消は目的としない、とまで言い切っています(図4)。ですから、認知行動療法は森田療法を基盤に作られたという私の主張は案外、正鵠を射ていると思うのです。
ですが、認知行動療法には森田療法にはない優れた点も多くあります。認知行動療法には多くの行動療法的手法が設けられています(図5)。また、不安階層表などの認知行動療法ならではの工夫もあります。したがって、認知行動療法を取り入れると森田療法はより強力な心理療法になると考えられます。
実際、浜松医大では重作業期の治療効果を上げるために認知療法を取り入ています。
図6に示すように段階的な効果課題を設定し、認知療法の併用により課題の達成を促しています。




4.おわりに

森田療法と認知行動療法は同じ心理学的基盤に立っているといえます。ですが、認知行動療法は理屈っぽい感じがします。これに対し、森田療法は行動分析学の成立以前に完成した、東洋の英知に立脚した心理療法ですから、指導を受ければ分かりやすく、受け入れやすいと思います。
自分の経験からそう思います。したがって、わが国においては認知行動療法を習得するには森田療法から入ったほうが良いと思います。また、認知行動療法家は、おそらくは、その基本概念の多くを森田療法に拠っていることを理解すべきだと思います。

森則夫(浜松医科大学精神神経科教授)

SEMINAR

Copyright (C) 2009 The Mental Health Okamoto Memorial Foundation